遠征費のまとめとまとめ/関ジャニ’s エイターテインメント夏

 

「ジャム」オーラスからまだ一ヶ月も経っていないとは思えないほど、すっかり秋めいてきて、あの夏が夢のようです。あ~~~~たのしかった~~~~~~~~と惚けるついでに、現実と向き合って反省するためにも、遠征費とツアーの感想をまとめておきます。夏のドームツアーという初めての経験と、自分の初めての環境で、バタバタしていた夏。コンサートに行かないなんてなかった。

 

moyashi1984.hateblo.jp

 ↑ 前回のツアーから春を迎えて環境が変わりました

・就職しました(基本土日休み)

大阪府在住から愛知県在住になりました

 

 

◎札幌公演(7/15~7/16)

・チケット代          8100円

・中部→新千歳 飛行機代  21315円

・新千歳→中部 飛行機代  10600円

・宿泊費             7000円

・交通費          3000円

――――――――――――――――――

               50015円

 

▽雑感

今回はツアー発表からしばらく経ってから航空券を予約した、5月とかだった気がする。そもそもどの土地に配属されるのか分からない状態だったので予約なんてできるわけもなく、候補地からの航空券を検索しては、北海道の夏・三連休の高騰っぷりに相当慄いていた。飛行機が飛ばない怖さが航空券の安さに表れていたんだな、と札幌遠征をするようになって数年、初めて知る。

 

 

◎大阪公演(7/20、7/22~23)

・チケット代(3公演)      24300円

・7/20 愛知⇔大阪 交通費     10000円

・7/22.23 愛知⇔大阪 交通費   14000円

――――――――――――――――――――

               48300円    

 

▽雑感

なぜかタイミングがたまたま重なり、奇跡的に公演日にお休みがもらえたので急遽増やした平日公演。20日は往路が高速バス(2500円)で復路が新幹線(約6000円)、22日はどちらも新幹線の利用。絶妙に近くて良いですね。絶妙にしんどいが。開演ギリギリにドームに行くまでは主に実家で寝ていました。札幌公演から一週間経たない大阪公演のスケジュールに「体力勝負」という言葉が脳裏にチラつきながらも、勢いで乗り切った、金曜日は仕事で入れなかったけれど楽しかった、入ってよかった、と振り返って思えているのでよかった。

 

 

◎名古屋公演(8/5.6)

・チケット代(2公演)    16200円

・交通費           4000円

―――――――――――――――――――

                20200円

▽雑感

名古屋公演の際にかつて夜行バスを逃したことがあるのだけれど、今回は絶妙に乗り換えをするための終電を逃して、結局2駅分くらいタクシーを使うハメになった。1500円くらい損しているわけですが全く反省していないという点をどうにか反省したい。家があるのに帰れない事態に陥るところだった(でも帰れたしいいだろうという甘さ)。名古屋は大阪に比べるとドームの中は涼しかったけれど、外が暑かった。昼過ぎに家を出てコンサートを観て帰るだけの慎ましい名古屋。体力の限界っぷりがここでもわかる。平日公演の存在を忘れ去ることに成功しだした名古屋。同時に社会人のせつなさを知り始める。

 

 

◎東京公演は行きませんでした

    (実家で寝てました)

 

◎福岡公演(9/9)

・チケット代         8100円

・中部⇔福岡 飛行機代往復  21400円

・宿泊費           2000円

・交通費           3500円

―――――――――――――――――――

                35000円

▽雑感

ツアーが始まる一週間くらいまえ、不意に「えげつないが数回しか見られないのやばくないか、耐えられない」と(具体的には東京行きの新幹線の時間を検索するなどして)狼狽えていたら、友人が「福岡土曜日」と悪魔のような勧誘をしてきたのを、「いやいやいやいや」と笑って断ろうとしていたらいつの間にか航空券を購入していました。恐ろしい。オーラスは当日中に帰ってこられない(朝一なら帰れた)ので、万全を期して諦め、諦めて土曜日のためだけに福岡に飛ぶのもいかがなものかとは思うのだけれど、まあ結局、行ってよかったの一言しかない。持つべきものは友人である。

オーラス福岡の地に長居したくなさすぎて、ホテルを予約しなかったことだけは反省してほしい。

 

◎グッズ代

・うちわ  ×2

・ワッペン ×3

・パンフ

・クリアファイル

・フォトセ

・ポーチ

―――――――――――

      8100円

▽グッズ雑感

札幌のワッペンが当日会場に着くまでの間に売り切れていて買えなかった。諸事情によりイチゴモチーフがあるものは購入できなかったのが残念。その他かわいいとは思うが好みではない、でもかわいいので良い、ただ好みではない、と自分に言い聞かせ選んだ。複数会場に行くと「次買えばいいや」を繰り返して、購入する量が控えめになるのはあるあるなのかもしれないなあと思う。ポケモンセンターのご当地ピンバッジのガチャガチャは北海道愛知大阪福岡と優に10回(1回300円)以上回したので、関ジャニ∞もピンバッジを作ってほしい。

 

◎総額 公演数 7/14

・札幌   50015円

・大阪   48300円

・名古屋  20200円

・福岡   35000円

・グッズ    8100円

―――――――――――

       161615円

 

   

 ▽遠征まとめ

前回 11公演4都市 186,730円

今回   7公演4都市 161,615円

 準備不足の一言に尽きるツアーだったかな、という印象。遠征先の土地に長居しちゃいけないという気持ちのせいなのか、今回ホテルをひとつも予約しなかった。新入社員としてのバタバタと右も左もわからない土地での生活でいっぱいいっぱいで、ツアーの計画を立てる余裕がなく、それでも行けるだけ行かなければ一生後悔すると思った原因の「えげつない」。「えげつない」のせいです。

学生時代と比べて毎月の収入がざっくり10万円増えたことで成り立っていた、雑なお金の使い方だった。反省。来年からはもうちょっと倹約に努めようとおもう。無駄が多すぎる。でも、がんばった! たのしかった! 「新入社員としてのバタバタと右も左もわからない土地での生活」をなんとかがんばれたのは、夏にこうして活力を与えてくれた関ジャニ∞のおかげだった、とつくづく実感している。お金こそ使うけれどオタクでよかった。

 

▽「ジャム」雑感

 ときどき愚痴も混じるけれど読み流してください。

 錦戸亮ちゃんの顔の可愛さに慄くばかりの初日だった。ポエムスイッチが常時オンになっていて狂ったようにポエム生成マシンに成り下がっていた。「錦戸亮ちゃん激烈かわいい札幌ドームだった」とか「この可愛い32歳の錦戸亮ちゃんを札幌ドームで見るためにファンになったんだと思う」とか「かわいいが溢れかえっていてもう自分のなかから零れ落ちていくのを感じている」とか「こんなにかわいい錦戸亮ちゃんをありがとう2017年」とか血管が切れたかのように、頭の悪いツイートを繰り返していて、我ながら幸せそうでなにより。ただ、わたしだけでなく会場全体が、錦戸亮ちゃんが喋るたびに「ざわ……ざわざわ…かわいい………ざわざわ」とざわついていたのだけはきちんとお知らせしたい。錦戸亮を愛でるような時代になったのだと思うと、感慨深い。

「えげつない」のために遠征増やしたオタクですが、コンサートでさらに化けやがって頭抱えるしかなかった。振り。サイコー。岡崎体育さんにはやはり頭があがらない。福岡で、周到に用意されていた替え歌披露してきた錦戸亮ちゃんのことをわたしは一生許さない。どれだけ虜にさせる気ですか。

コンサート初日から一縷も疑うことなく「楽しい」コンサートツアーだった、と、おもう。個人的にはあの嫌悪しか抱かせないマナー喚起動画が2度も流れるのは地獄だったけれど。まあそれを差し引いても良いコンサートだった。「需要と供給の相互理解」だとこのツアーに関して印象を抱いているのだけれど「相互理解」これに尽きるんじゃないかと思う。関ジャニ∞はもちろん関ジャニ∞のことを愛しているとおもうけれど、ファンだってきちんと愛されているんだろうなと、実感した。新しいかたちをとるときに「こうしたら喜んでもらえるんじゃないだろうか」と考えてくれたのだろう、とこちらが理解してその姿勢にうれしくなる、相互理解、尊重というのかもしれない。ノスタルジアの衣装はださかった。ノスタルジアの衣装のダサさとマナー動画のダサさは、ダサさの種類が違う。前者が「あ~~~~だっせえええええええ」と笑っちゃうようなそれだとしたら、後者のダサさは「見るべきじゃないな」と身体が判断するダサさ。どうにか、あのファンの人権を侵害しかねない動画が改善されますように。ばかにすんな。

と、明確に不満も言葉にできるほど、限られていたんだろう、と思う。不満なんて数えるくらいしかない。

「良いコンサートだった」とそれしか言えないので、どう伝わるのかわからないけれど、ほんとうによかった、たのしかった。前半をまるっとバンドにするって動きがないようにも思えるけれど、名古屋で覚醒したと村上さんから言われたように、ああいうちょっとした遊びがあればバンドのほうが楽しみに感じたりして、つくづく関ジャニ∞が好きなんだなあと思い知らされた。なんでも肯定するわけじゃないけれど、それでも好きなものを肯定できるってうれしい。

 そういえば、V6のファンの方のはてなブログを拝読した。「銀テープを譲り合うV6のファンが素晴らしい」というような内容の。しょうじき、どうしてそんなに心が優しくいられるのか、と疑問でしかない。関ジャニ∞のファンには絶対に無理。少なくとも私には。自分は、数本知人におすそわけしてもらっていたうえに、何公演目かでアリーナの通路横の座席を引いたとき、有り余るほどの銀テが取れたので、銀テ難民にはならずに済んだ。さて、わたしの手元には自分の分を差し引いても余る綺麗な自担色の銀テープがありましたが、これを会場のそと(会場内近くにいた人たちはみんな充分なほど手にしていた)にいたファンにあげようと少しでも考えたでしょうか。あなただったらどうしますか。わたしはね、死んでも嫌だと思った。会場のそとに出たら待ち構えている「銀テープ譲ってください!!」と大声を張り上げて「銀テープ譲ってください。何色でも構いません」と書かれたスケッチブック(おうちから用意してきたのかな?)を持って立つ、せいぜい中高生くらいのファン。酷いと50人くらい並んでいる。係員が「立ち止まらないでください」とアナウンスしていても気にも留めずに我こそはと叫ぶ、そんなに叫びたいのならダブルアンコールで叫んでくれた方がまだ報われるんじゃないだろうかというくらい。あんな露骨に下品な集団に、運よく手にした銀テープをあげたくなるひとが果たしているんだろうか。騒がしい上に通行の妨げになるような人にあげるのなら、もうすでに持っているかもしれないツイッターでお世話になっている人たちに渡したほうがよっぽどいい。V6のファンはきっと「銀テープをあげたくなるようなファン」がたくさんいるのだろうと思うと心底羨ましかった。

オーラスしかダブルアンコールがない現状は、「慣習」と言ってしまえば聞こえはよいけれど「甘え」だよねえ、と思ったりもするけれど。でも、なんだかんだ本編で充分満足だったし、例年のアンコールでのシングルぶつ切りメドレーではなく、浴衣で披露する「純情恋花火」だったのでさらに大満足だった。「なんでこんなにたのしかったんだろう?」と首をひねらずにはいられないほど、満足度が高くて、不思議なきもちです。これで次のツアーのセトリが、どうしてこうなった?と思わずにはいられないような頓珍漢なものだったとしても愛せるかもしれない。関ジャニ∞がなりたい関ジャニ∞になるために駆け抜ける道の、先をファンはどうしたって見れないけれど、その軌跡はいつだって見せてくれるの、たのしくてたのしくて、そうして、たのしみで仕方がない。

それでも、やっぱり錦戸亮ちゃんのかおがかわいい。たのしい。これに尽きる。

 

 

 冬の予定があるのならはやめに教えてください、ませ。今度こそ貯めてから臨みたい。

 

 

 

 

 

君が教えてくれたあの星座/加藤シゲアキ著書と星

 考察だと思いました!? 残念でした、ただの引用記事です。コピペです。

 どうしてもどうしても、加藤シゲアキさんのデビュー作を含めた2作における「星」について言及したくて、けれど自分のなかで大切にしすぎるあまり、自分の考え自体が浅はかで邪悪に思えてきたのでとりあえず、このブログではまとめて「星」の描写がされている箇所を文庫版のページ数と共に抜き出しておきます。*1 わたしじゃない誰かの「星」の考察が読める世界になりますように。

 「星」とシゲアキさん、というかNEWSと「星」の数奇な関係についてはご周知のとおり、NEWSが方角をグループの名前として授かったときから始まっていたのかもしれません。シゲアキさんにおいてのみ言うのなら、「Share」の「同じ星が今見えるなら 僕らはただそれだけでいい」という歌詞を、数年後「愛言葉」の自分のパートに引用した事実があります。「同じ星」というフレーズを耳にするたび、シゲアキさんのことを思い出してください。

 

 

▽「ピンクとグレー」

 

白木蓮吾――彼について、過去彼の隣にいたというだけの僕がこれを綴るのは忍びない思いももちろんある。彼のファンには僕を批難する人もいるだろう。

それでも僕はこれを書く。永遠に外れる事のない足枷を引きずりながらも、それでも僕は生きていかなければならないのだ。(13p)

同じ星が見られずにいまいち盛り上がりに欠けていたのは十五分くらいだっただろうか。僕らがちょうど黙り始めたころ、突然それはやってきた。「ギュンギューン」とか「スウィンウィン」とか、そういった漫画のような音が実際に聞こえてきそうなほど、群れをなした流星が空を飛び交ったのだ。

「ごっち、来たよ、本当に来た」

無反応な彼を見ると、ごっちはすっかり目を閉じていた。(44p)

 ふと、父がよく聞いていた吉田拓郎の歌が頭によぎる。その<たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすき>というフレーズは、あまりにもぴたりと僕の感情と一致した。それは恋とか愛とかの類ではなくて。(44-45p)

ベッドで横たわる彼を見つめる。消えた天井の照明とその周りのざらついた天井を眺めながら、あの獅子座流星群の日を思い出す。あれから彼は、流星群に代わる輝輝とした儚い物事の数々を見てきたはずだった。

(中略)

上を向いて横たわったままの彼の隣に僕も横になる。シングルモルトウィスキーを飲みながら、彼が出かける時間を待った。(46-47p)

 両脇の電気を消すとカーテンの開いた窓から月と夜景の光が室内に差し込んだ。グラスにウィスキーを注ぎ、窓からその景色を眺めた。星は街の上にあり、そしてたくさんの星がこぼれたように夜景も輝く。

(中略)

ウィスキーを一口大きく飲み込んで、僕はベッドの脇の床に仰向けになった。口内に広がったシングルモルトは樽の香りをべっとりと舌になすりつける。

天井は真っ暗だったけれど、ざらついた質感だけは感じ取ることができた。

 

「りばちゃん、吉田拓郎の歌でさ、たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすきっていうフレーズの歌なんだっけ」

「『流星』な」

「あの歌の続き知ってる?」

「夢はまぶしく 木もれ陽透かす 少女の黒髪 もどかしく 君の欲しいものは何ですか 君の欲しいものはなんですか」

「くわしいね、りばちゃん」

「親父、好きだったからな」

 

それから彼は何も言わなくなった。ざらついた天井が滲んで滑らかになっていくのを僕はしばらく眺めていた。(209-210p) 

これから流星が飛び交う夜空の真下に、鈴木真吾の寝顔がある。子役の顔はモニター越しにあの頃のごっちの顔とぴたりと重なった。それは懐かしさや思い出のように曖昧に美化された記憶ではなく、眼球にしっかりと彫られている画面と重なった。

僕は未だにあの瞬間に引きずられている。(254p)

 (「ごっち」目線に見えるところも、りばちゃんの目線)

そのまま今までのことを振り返った。サリーとの幼い記憶。大好きだった姉ちゃん。スタンド・バイ・ミー。毛虫を握った僕を必死で心配してくれたりばちゃん。流星群。文化祭。デュボン。ビートルズ。美竹公園。サリーがくれた似顔絵。サリーとのキス。ルームシェア。りばちゃんといた日々。姉ちゃんのファレノプシス。そして僕が書いたファレノプシス――

ぼくが切り捨てたもう戻らない時間。握り潰した楽しかった記憶。(282-283p)

僕は寝返り、天井を向いた。彼女が黙って絡みつくなか、僕はまた昨日と変わりない天井を見た。

(中略)

もう死なないなんてないのだ。(287p)

リビングに入ると彼はそのままごろんとベッドに寝転んだ。彼の上にアーガイル柄のブランケットを掛け、僕もその下に敷かれたラグに寝転んだ。天井には獅子座流星群が一面に流れている。

「りばちゃん、流星群見える?」

「見えるよ」

「やっと見れた」

「うん。やっと同じ星、一緒に見れたな」

目を瞑りながら、彼はそう答えた。僕もまた目を瞑ると、星の光はまぶたの裏からも透けて見える。いびきの響く室内で、僕はひとつひとつ流れる星を数えていた。(292p) 

 

 

▽読まなくてもいいわたしの解釈

 最初に「星」にまつわる記述があるのは、第二章。

 小学生の二人がアパートの駐車場で並んで寝ころび、夜空のもと流星群を待つシーン。お姉さんがコンテンポラリーのダンスで怪我を負ってしまったのは自分のせいだと落ち込むごっちに対して、少しでも気晴らしになるんじゃないかと思ったりばちゃんの提案だった。並んで寝転び空を見上げる二人、という図。このシーンだけじゃなくてあとから何度か繰り返される、大切な構図。

  結局、最初にりばちゃんがいくつか、そしてそのあとにごっちがひとつだけ流星を見て、この二人は「同じ星」を見られないまま、ごっちは眠ってしまいます。眠っているごっちの隣でりばちゃんは、吉田拓郎の歌を思い出し、流れていく星を見続ける。「恋とか愛とかの類」でない感情を、りばちゃんはごっちに抱いている、じゃあそれはなんなんだろうか、と誰しも一度は多分考えるんじゃないかな。

 続く25歳の第三章。第二章の構図が早速このシーンでも登場します。

 そして、次に「星」に関する描写が登場するのは、209ページ。第十一章。同窓会で再会した次の夜、首を吊って息絶えていたごっちの死体を、りばちゃんが綺麗にしたあとのシーン。描かれ方は少し違うが、情景そのものは第三章と同じものだろう。

  吉田拓郎の <たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすき> というあの「獅子座流星群」の夜に思い浮かべたフレーズのタイトルこそが『流星』であると、ここで明かされる。第二章、そして第三章へと繋がった「獅子座流星群」の思い出が、150ページ以上を飛び越えて、吉田拓郎の『流星』に繋がって答えを示す第十一章。どうして天井がざらついていたか、なんとなく思い至ることができる。引用した部分の会話は、かつて本当に交わされた会話だったのか、それともりばちゃんが死んだごっちと交わした幻の会話だったのか、どちらなんだろう。わたしならこう考えるな、というのはある。わたしなら。シゲアキさんはどう考えて書いたのだろう。

 そこから物語は進んで、ごっちのことをりばちゃんが書いた本を基に映画が撮影されることが決まり、りばちゃんはごっちの見た景色を追体験していくことになる、というか、映画の撮影を通じてりばちゃん自身が追体験していくことを決める。一番最初に引用した部分はおそらく、その本に書いた内容かなと思う。ごっちにとらわれながらも生きていかなければいけない、だから、書く、と。

 ごっちとして映画のなかで生きているうちに、りばちゃんはひとつの答えにたどり着きます。「やるしかない、やらないなんてないから」。そして、「もう死なないなんてないのだ」。おそらく、ごっちも同じようにしてたどり着いたであろう答え。お姉さんの存在。生きるためにこの本を書くのだと書いたりばちゃんをも、死に至らしめるなにか。287pは、撮影中じゃないけれどごっちの目線のようになっていて、りばちゃんはごっちの感覚を通してなにか、死に至らしめるなにかにたどり着いたんだろうとわかる。

 りばちゃんの、二人の、物語がエンディングを迎えるまえに、二人は「同じ星」を見ることになります。ごっちは本当に見たのかはわからない、けれど、ごっちを追体験していくりばちゃんが見た「同じ星」。しかし、見たはずのりばちゃんは酔っぱらっていて次の日にはその天井の星のことを覚えていなかった。あのとき見られなかった「同じ星」を二人が本当に見たのか、記憶ですらたしかなものがどこにもない。けれど、ごっちを通じてりばちゃんはその星を見た。共演するためにりばちゃんに自分のバーターとして仕事を与えたがったごっちと、どうにか共演するためにごっちの力を借りずに自分の力だけでのし上がろうとしたりばちゃん。「共演」という目的が同じだったことを「同じ星」に例えたんだろうか。同じようにして寝転がって上を向かないとみられない「星」。

 吉田拓郎の歌をなぞって、二人の関係について「その<たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすき>というフレーズは、あまりにもぴたりと僕の感情と一致した。それは恋とか愛とかの類ではなくて」と描写がされていたけれど、数年後にシゲアキさんがサン=テグジュペリの「愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだ」という格言を引用したこと*2 にこじつければ、「恋とか愛とかの類」ではなかったかもしれないけれど、やっぱりそれは「愛」だったんじゃないかな、と思う。

 

 

 

▽「閃光スクランブル

空間一面に輝く無数のペンライトを見つめる。

最高だあ。これが私にとっての星空。

ステージに上がる度に亜希子はそう思う。この景色に憧れて亜希子はアイドルになった。でも……ミズミンと一緒に見ることはもう二度とない。(40p)

天井には防音のための無数の穴が並んでいて、星空のようだった。

あの穴とあの穴と……あの穴を結ぶとペガサス座だ。

まだ鳥取にいた頃、幼い亜希子の楽しみは砂丘から星を見ることだけだった。日によって姿を変える無数の星だけが、孤独な少女に優しかった。星への愛着と感謝だけは、今も変わっていない。(85-86p)

星にしか興味のなかった少女が「ステージ」に憧れたのは、そこにもう一つの星を見たからだった。(93p)

途方もない寂しさを常に抱えていた亜希子にとって、唯一の居場所は鳥取砂丘だった。そこから星を見ることだけがたった一つの救いだった。亜希子はひたすら星を見ていた。(93-94p)

 瞳に飛び込んできたのは、まるで数えきれない星が辺り一面に敷き詰められたような景色だった。観客がいっせいにペンライトを点けたのだ。カラフルで目映い光が亜希子の周囲を取り囲んでいた。(95p)

初めてのライブは圧巻だった。あのとき夢見た星が眼下にいくつも輝いていた。これがいつまでも続けばいいと思った。未来は確約されていて、それは絶対に素晴らしいものだと信じていた。

それでも、欲望はいつしか肥大する。もっとたくさんの星が見たい、自分もより輝く星になりたい。もっともっと人気者になりたい。(69-67p)

本来なら、ステージの上に立てることだけでも喜ぶべきなのかもしれない。あの景色がまだ見られるならば、たかがフォーメーションくらいどうってことないのかもしれない。(97p)

五年前に描いた未来。あまりにも多くの出来事があって記憶は微かだけど、それはもっと単純で美しい、オーロラのようなもののはずだった。(100p)

目が覚めると天井には宇宙が広がっていて、あのとき「琴座とミズミンに誓って、もう泣かない。もう後ろも振り向かない。ただ自分を信じよう」と決意した。(137p)

違う。輝けてなんかない。今の私は自分で光を放たないくせにあたかも星であるかのように地球を回る月と同じ。(149p)

車に乗るのはマネージャーによる送り迎えか、タクシーくらいだった。もう何年も後部座席にしか座ってなかったことを思い出し、どうしても助手席に座りたくなった。そこからの景色は思った以上に気持ちよくて、なんとなくフロントガラスから夜空を見あげてみた。

「星、全然見えないですね」

「東京は明るすぎるからな」

東京は明るすぎる、か。(229-230p)

「なぁ」

「はい」

「やりたいこととかないのか」

きっとこの質問をされると思っていたので答えを昨日から考えていたのだけれど、どれだけアイデアを振り絞ってもやっぱりこれしか浮かばなかった。

「星が見たいです」

「星なんかどこからでも見られるだろ」

「たくさんの星です」

巧は口を閉ざし、少し考えた様子で「この方向に寄りたいところがあるんだ」と言った。そして「きっとたくさんの星もある」と付け加えた。(234-235p)

「もうすぐ夏至だから、まだまだ夜にならないですね」

「そんなに星が見たいのか」

「東京に来てからは見ることが出来ませんでしたから」

「出身は鳥取だったっけ?」

「はい、市内です」(238p)

「やめればよかったのに」

「誰だってやめられませんよ、ステージからの景色を見たら」

自分の腕を切り裂いて、私は気を失いました。目が覚めると天井には無数の星があって、それがあまりにも美しいから、自分が病院にいると気付くまでに時間がかかったくらいでした。包帯の巻かれた左腕を庇いながら起き上がって枕元を見ると、小さな家庭用のプラネタリウムがあったんです。天井の星はその機械から投影されていて、横には「お見舞いだよ、早くよくなってね。ミズミン」と書かれたメモがありました。ミズミンは私が星好きなことを知らないはずなのに、このプレゼントは出来過ぎの偶然でした。私は目を丸くしながら、天井の星を見上げました。

「琴座の話、知ってますか?」

「いや」(243-244p)

 琴座のオルフェウスのはなし(244-247p)

俺が塀の中にいようと、誰にも迷惑はかからない。仕事もやめた。香緒里や多一郎のような人間が心配する程度で、俺自身はというと、とても楽だろう。星空を見たせいか、そんな風にも思えた。(249-250p)

蛍の大群は飛翔し、山道を流れてゆく。二人は光に包まれながら、静かにその蛍の流れについていった。やがて木々のトンネルがの先に薄明かりが見える。山道が見えると、そこには数多の星が輝く夜空があった。その下で蛍は煌々と発光していた。

空から星空が零れてきたように光は立体的で、儚く灯る蛍の光はまるで天の川のようだった。光のシュプールが二人の周りで無数に描かれる。美しすぎる世界に、巧と亜希子は思わず声を漏らした。

二人はその景色を見続けた。宇宙に吸い込まれたような気分を味わいながら。

しかしだんだんと蛍の光は散らばってしまい、残ったのは星空だけだった。(261-262p)

あの蛍と星の瞬きから一ヶ月間、 (271p)

「渋谷にプラネタリウムがあるんですって」

「知らなかった。それじゃあもう遠くまで行かなくても星が見られるんだな」

「はい。もう渋谷で十分なんです」(273p)

どうせ一度終わったような芸能人生。もしまだ自分の立てるステージが残っているのなら、今度は何も気にせず自信を持って表現したい。中学生の頃に憧れたあの星の海を、また見てみたい。(292p)

竪琴のタトゥー(294p)

まだ観客の表情は見えない。しかし亜希子は目を瞑り、この幕の向こうにいるファン、その景色を想像した。ペンライトの華美な光。心躍らせながら伊藤亜希子の登場を待ちわびる観客の表情。目映い照明。一生懸命放たれる声援。燦然と輝く絶佳がそこには待っている。それは奇跡のような蛍の光と星空にも、生命力に満ちた若々しい渋谷の街にも引けをとらない、いやそれ以上の壮観だった。(296-297p)

「さよならオルフェウス

亜希子は優しく歌い始めた。ステージの演出も蛍と星空をイメージした構成で目映い光に全員が包み込まれた。(300p)

 

 

 

 ▽読まないでほしいわたしの解釈

 別に亜希子がシゲアキさんだって言いたいわけじゃないけれど、アイドルとしてステージからの景色を見た人が書く、ステージの描写にきっと嘘はないでしょう。全部が自分のことじゃないけれど自分に言い聞かせるように書いた亜希子のセリフもある、とシゲアキさんは話していた。客席の光のことを「サイリウム」ではなく「ペンライト」と表現するあたりとってもジャニーズ。正直「閃光スクランブル」に関して、別にこういう解釈が、と言いたいことも実はない。読んで抱いた感情がすべて、なんじゃないかと思う。ただ、文庫のあとがきだけは絶対に読んでください。

 たしかに亜希子がシゲアキさんだって思うわけじゃないけれど、この作品に秘められた「生」の思いはあのころのシゲアキさんが叶えたかった思いなんじゃないだろうか、と考えたりはする。死んだように生きている場合じゃない。「ピンクとグレー」では、生きようとして生きようとしすぎた余りに死ぬしかなくなった二人がいたけれど、「閃光スクランブル」では、気力を失いかけていた二人が出会い、二人は逃避行をするなかで生きる覚悟を持ち直す。亜希子にとって生きる糧になったものがステージから見える「星」なのだけれど、シゲアキさんにとってもそうなのだろうか。自身が身を置く芸能界という世界で「生」について向き合う小説を書いた加藤シゲアキは熱い男なんだよな、と思う、勝手に。

 「星」が加藤シゲアキに見せているものはなんなんだろうか。

 

 

おまけ

加藤シゲアキ(30)

 わたしがシゲアキさんを卒業するときは「加藤シゲアキと星」って卒論書きたいけれど、シゲアキさんは自分を応援してくれる人が一人でもいる限りアイドルを続けるらしいので、しばらくは卒論を書く予定がありません。残念です。

 ほんとうはシゲアキさんの30歳のお誕生日に合わせてこのブログを公開する予定で「ピンクとグレー」「閃光スクランブル」の引用を打ち出していたのだけれど、どんな文章を打ってもしっくりこなくて随分遅くなった。30歳。25歳で代表作がほしいと話していたシゲアキさんの想像していた30歳なのだろうか。片手間というと聞こえが悪いけれど所詮は掛け持ちでファンをしているわたしですら感慨深くなる瞬間がたくさんあるのだから、担当の人はなおさらだろうと思う。長いようで短い5年。たった5年でここまで来たのだから、これからの5年だって、思いがけないところにまで行けるのかもしれない、と時折想像しては勝手に楽しくなっている。

 私が加藤さんのことを特別好きだと自覚したのが、加藤さんの改名発表のときだった、もしかしたら4人になったときかもしれない、けれど、作家デビューの知らせを受けてわたしはたしかにこの人を好きでいたら間違いないだろうと確信したんだった。ずうっと「加藤さん」と呼んでいた。いつから「シゲアキさん」と呼ぶようになったんだろう。書くことによって救われた、と「閃光スクランブル」のあとがきでシゲアキさんが書いたことばに、わたしは随分救われてきた。わたしがどんなオタクであれ、それだけは事実だし、どんなオタクになろうともきっと一生忘れないんだろうと確信している。そういう小説、あとがきに出会えたことがほんとうにうれしい。シゲアキさん30歳おめでとうございました。君の未来に幸あれ。

 

 

 

 

 

閃光スクランブル (角川文庫)
 
ピンクとグレー (角川文庫)

ピンクとグレー (角川文庫)

 

 

 

 

*1:権利的なところでなにかあればお知らせください

*2:2016年QUARTETTOツアー

隙のない「ゆめ」のはなし/関ジャニ∞ ニューアルバム「ジャム」

 関ジャニ∞ニューアルバム「ジャム」発売おめでとうございます! 言った通り本当に「初夏」だった! 梅雨が明けたらいよいよ夏が来ますね!

 売れてほしいとかこんなネットの片隅で販促したってなんにもならないだろうけれど、このブログを読んだ人に「関ジャニ∞楽しそうだな」って思ってもらいたくて、っていうかわたしが楽しいから書いておきたくて、アルバムの感想を書きます。みんなに書いてほしい。

 五大ドームツアーをするようになって以来ずっと、関ジャニ∞らしさ」を追求してきた関ジャニ∞が「関ジャム」という番組を手にして得た経験値で魅せる集大成! って感じのアルバム。発売直前には「関ジャム」でアルバムの特集を組んでもらって、楽曲提供された曲がどうやってつくられたのか日付入りのメイキングまで見せてもらえたり、ラジオで1時間の特番までやらせてもらって、ジャケットもかっこいいし、関ジャニ∞側の売ろうとする姿勢に、加えてそれをバックアップしてくれる環境があることに感動してばっかりだった。そういう2017年です、ここは。やたらと西暦を言いたくなる衝動。「飛ぶ鳥落として十数年」の関ジャニ∞の魅力に世界がようやく気が付いたのかもしれない。

 初回盤に封入されている歌詞カード(本当にカード)を一枚ずつ捲りながら。

 

 アルバム本編の感想

1.罪と夏

 これを言ったらもうお仕舞いだろうなと思うのだけれど言います。「この曲が一曲目という時点で名盤決定では?」。ずっぴょーん。

 「今、君の八月の全てくれないか?」「ヤダ! 君が八月 泡沫の夢なんて」「君が一夜限りの幻でも手を放すなよ?」の一連のフレーズが、どうしてこんなにもファンの心を射止めたんだろう。個人的には「君は『思い出』じゃなくて『好き』になってよ」 「君は誰かにじゃなく僕に笑ってよ」の歌詞の「君“は”」ってところが、他の誰でもなく「君」を指しているようでときめく。そういえば「君」って単語、日常じゃまず使わない気がするのに文語というほど堅苦しく感じないし、それなのに歌の中ではたくさん聞く気がする。歌独特の単語になっていくんだろうか。というのはさておき、まず楽しくてずっと楽しい。関ジャニ∞の醍醐味をまざまざと見せつけられている、楽しい、ほんとうに楽しい一曲! 体験者の感想を以下に引用しておきます。「この曲を知ってから夏が待ち遠しくなりました!価値観が180度変わりました、関ジャニ∞には本当に感謝しています!『罪と夏』に出会えてよかった!サイコー!(20代女性)」

 

 2.今

 星野源だかニセ明だかakira niseだか知りませんが、ありがとうございます。「罪と夏」はシングルだし、こちらにしてみれば実質テンションをぶち上げるためのイントロダクションのような感じなので、アルバム本編はこの曲でようやく始まるような印象。それにしても、明るい開けるような曲調なのに、歌詞を読むと別れの歌っぽいんですよね。歌い出しの「いつまでも 此処に居たいけれども 旅立つ夢を 見てしまったことを」というフレーズが、このアルバムひいては関ジャニ∞の持つ「夢」のひとつ大きな要素になっているように思う。「夢を見たから」というよりも「見てしまった」から、いつまでもここにはいられない。「未来をつくる今」「未来を超える今」。歌詞中の「今」って、「未来」を超えるための「今」のことなのか、それともそもそも「未来」の価値を「今」が超えているということなのか、どちらの意味なんだろうか。

 あと、関ジャニ∞が歌うと特に関ジャニ∞らしくなるのが「くだらないことで笑い合えるかな」「苦い思い出を笑える頃かな」って、笑うことを楽しみにしているところ。「君がくれた笑顔で笑いたい」と歌った「LIFE ~目の前の向こうへ~」もそうだし、いつだって関ジャニ∞は笑い合う未来のために今を生きている。というか、関ジャニ∞に「ほら」って言われたらなんか頑張ろうって思うのはわたしだけなんだろうか。どんな今でも口角上げて頑張りたくなる。

 

3.DO NA I

 「どきな 主役が総取り」のときめきがすごいのは私が錦戸担だからです。総取りだよ~~総取ってるよ~~~~天才かな!!!!!!!????

 あとどうでもいいんだけれど、「助け出すぜ かならず 長い月からの金の出口のない その迷宮」という胸の熱くなるフレーズを一番が錦戸亮ちゃん、二番が丸山さんっていう、ほほえみ厨のわたしにとって最高の歌割で、ごめんなさい世界…ありがとう…となんでか拝んでしまう。同じフレーズなのに歌い方全然違うのも最高。もとからない語彙が奪われていくのは、作詞作曲者の魔力のせいですかね。言葉でとやかく言う必要ないくらい楽しいしかっこいいし最高。かならず、助け出してくれたり、惚れさしてくれたり、笑かしてくれたり踊らしてくれたりする関ジャニ∞関ジャニ∞なら本当にさせてくれそう。「罪と夏」もそうだけどたのしいが畳みかけてくるしんどい。

 こんなかっこいい楽曲を、関ジャムで公開されたメールの内容のような熱量でもって関ジャニ∞に提供してくれたのかと思うと、それだけでもうたまらないところがある。まあ、そうじゃなくてもきっと好きだった、からこそ、うれしい。楽しむ覚悟をさせられている。

 

4.なぐりガキBEAT

 覚悟していたけれど「楽しい」が続くね!? もしかして収録されているシングル曲全部ダイスキなのでは!? と思い始める4曲目。シングル曲が好きって、なんというか、グループの方向性に寄り添えているような気がしてうれしい。供給された楽しいを楽しいまま受け取れる。最初聞いたときにはそこまでしっくり来ていなかったのに、だんだんしっくり来るようになって、いまではこうして歌詞カードを見ていても全文にアンダーラインを引きそうなくらいのしっくり具合。「言い訳と弱音を辞めたらあとはドアを開けるだけ」という箇所の振りが、どう考えても蹴り上げているんですよね。未確認の方はご確認ください。めちゃくちゃしよるぞ、あいつら。最高です。蹴り上げて、「高らかに夢を明日へと掲げろ」とか、「『きっかけ』の糸がかかる」とか、「うつむいてた空に ほら虹がかかるよ」とか「泣きっ面に新しい風が吹く」とか、どうしたって顔を上げてしまいそうで、そういう魔力を関ジャニ∞は持っている。ともすれば凶器にもなるようなポジティブさに疲弊してしまう日もあるかもしれないけれど、きっと関ジャニ∞もそれだけじゃないのを飲み下して歌っているんだと思うと、素直に応援されたくなる。応援歌ばっかりアイドル。

 

5.夢への帰り道

 曲も良いけれど、一番何が好きってタイトル。夢から醒めて、夢へと帰っていく歌。「夢を見てしまった」から、どうしたって「夢」にとらわれて、夢に生きるしかないように生きていく人を思い出す。「わかれはつらい それでもゆく」。関ジャニ∞が高らかに掲げた夢のうちのいくつかは、もしかしすると、歩きつづけてゆくなかで、手のひらから零れ落ちてしまって孤独に泣いているのかもしれないね。置き去りにされたままのかつてのサトシの手持ちポケモンのように…(例えが最悪なのは自覚しています)。シリーズを重ねていくごとに仲間にしたポケモンを故郷に送ってしまってみんな置き去りに、自分はピカチュウだけを選んで、いちから新しい地方で仲間を増やしていくんです。共に戦ってきたのに置いて行かれたポケモンの歌ですね。かなしくなってきた。

 

6.えげつない

 「えげつない」えげつないくらい楽しい。ネットでまとめ読みまくって書いたっていうラップバトル、あんまり期待せずにめちゃくちゃ楽しみに待っていたけど、何回聞いても関西弁そのままじゃない微妙な関西弁のアクセントとリズムがたまらなくて耳が喜んでいる、のはわたしが関西を離れたからかな。関西弁が恋しい。とはいいつつも、個人的には「喧嘩をするほど仲がいいらしい やったろか? ほなBeatくれ」のアクセントが一番好き。「酸いもsweetも」って歌詞見るまでなんのことかわかってなかったけれど「酸いも甘いも」なんですね。天才なんだろうね。

敬称略さーせん!

  コンビ厨にはいろいろあるんですね、大変そうです。

 

7.パノラマ

 聴くたびに「カバンは忘れないでほしい」と思う、カバンだけは忘れんといてほしい。大事なもの全部入ってませんか? 携帯でも定期でもなく「カバン」。携帯も定期も持たない人はいるけれど、カバンを持たずに出かける人はほとんどいませんしね。めちゃくちゃアニメ主題歌感するのは「勇気」というフレーズのせいなのか、それともやたらと歌詞にある「奇想天外」「摩訶不思議」「威風堂々」「以心伝心」あたりの四字熟語のせいだろうか。こうしてアルバムに収録されてみると、ちょっと気が緩む良いバランス。あと、なんといっても振付がかわいい。

 「どんなことでも 大抵はそう 笑えるさ」。

 

8.Never Say Never

 やすくんが天才だとかそういうわかりきったことはさておき、関ジャニ∞ってどうしてこう、ヒーローになろうと凡人が足掻くさまがこんなに似合うんだろう。関ジャニ∞に「誰しも平々凡々なルーキー」と言われてしまったら、わが身を振り返ってしまう。

 「近道は仲間信じる道のみ」という歌詞が二番で「来た道は半ば 信じる道のみ」となっているのがすき。仲間を信じて歩みだしている感じがするので。疾走感。ER3くらいでも全然違和感ない、めっちゃ好き。良い意味で、メンバー作詞作曲の偏見がない、言われなきゃ気が付かない、言われても気にならない、メンバーの才能をファンに全然把握させる気ないんじゃないのかってくらい多才。「ジャニーズ」という名のもとに生きているうちに獲得する魔法のように思えてくる「作詞作曲」。でも本当は各々の努力のもとで育つ才能だろうに、それを微塵も思わせないほどのものを見せられているとつくづく感じる。すごいな。

 

9.侍唄

 2015年12月の曲。「おかえりって キミが笑うから どの時代も越えて行けるよ」「おかえりって キミが笑うから この時代をのりこえて行く」。ぺーた先輩の健気さを思って切なくなる曲だけれど、素直に曲だけ聴くと関ジャニ∞のことを思い出すのは私だけでしょうか。かつてすばるさんの言った「このクソみたいな時代を生きていきましょう」という言葉が思い出されて、そのたびに、生きよう、と思う、思わされる曲。わたしはその言葉を思い出すとき同時に、関ジャニ∞の生きる時代がわたしにとってクソなわけがあるかとも毎回思うのだけれど。それはそれ。「約束の場所へ」「いつかまた逢える場所へ」なんて、ありふれた言葉だけれど誰にでもひとつくらいあるでしょう。関ジャニ∞にだって。

 あと、歌詞カードをひっくり返したときに現れた錦戸亮ちゃんが本当にかっこよくて、正直そっちばっかり見てしまって感想どころじゃない。艶やか。この前髪の分け方してほしい、少年みたいで麗しくて一生見ていられる。やっぱり顔が好き。

 

10.S.E.V.E.N 転び E.I.G.H.T 起き

 なにがどうっていうか、単純にかっこいい。これをおそらく関ジャニ∞がコンサートで演奏するのかと思うといまから楽しみで夜も寝れないくらいなんだけれど、いつのまにか寝てる、たのしみ、さいこう。かっこいい。あと、歌割が天才なんじゃないかなって感じなんだけれど、ソロパートが、「まーこのー」横山さん「あーそのー」村上さん、あとから「転んでも起きる」すばるさん「凹んでも凸る」錦戸亮ちゃん、声がいい。ヨコヒナめちゃくちゃ上手で感動する。言葉じゃないんだなっておもうよ。かっこいい。「お前」は片手に抱きしめるのに、片手なのに、「野望」は両手で抱きしめる男らしさよ。わんつーわんつー。

 

11.NOROSHI

 「S.E.V.E.N 転び E.I.G.H.T 起き」からの「NOROSHI」いいな~~!!! 「NOROSHI」はイントロからアウトロまで最高ぶち上げソングなので、狼煙ぶち上げソングなので、落ちサビで一回死にます。語彙もまた死にます。「NOROSHI」の良さは「NOROSHI」なのでとしか言いようがない。「NOROSHI」が収録されているアルバムが「ジャム」です、はい名盤。お疲れさまでした。最高。

 とはいえ「行くべき"未来"は そう、君の踏み出す"今"が拓く」と大正解が書いてあるので最高ですね。「誰にも見れない夢を見て」「正夢の背中を追いかけろ」「足跡のない夢を行け」。夢を見るにもそれ相応の相応しさがあって、他の誰でもなく自分にしか見られない夢、誰にも到達されたことのない夢を、追いかけていくのはきっと他の誰でもなく関ジャニ∞だし、関ジャニ∞が行くべき未来は関ジャニ∞の踏み出す今が拓くんですよ。そうしてできたアルバムが「ジャム」です、「今」はいつだって関ジャニ∞が拓いてきたかつての「未来」のうえにある。

 

12.青春のすべて

 関ジャニ∞の歌う「それぞれ」の精神は、「Do you agree?」の「今を飛び越えてそれぞれの天国を目指せ」から来るものじゃないかなと思っている。一緒に励まし合って目指すけれど行きつく先の天国は一緒じゃない、それぞれにとっての天国。「きっと僕らが生きる明日は悲しいけどもうひとつじゃない」。錦戸亮ちゃんが「あなたはそのままでいてね」と、と歌うのがとても切ない、そのまま、そのままっていつのままだろうか。季節は変わるのに。人だってきっと変わるだろうに。侍唄じゃないけれど、「思い出して泣きそう」になるような「その手」はきっとやっぱり誰にもであるんだろうか。過去に支えられて人は誰しもいまを生きているんだろうなという当たり前のことを再認識されられる。

 なにがずるいって、12曲目で「笑顔はすぐにつくれるのにさ なぜなのかな うまく泣けない」「戻らない日々を 悲しみはしないよ あの日の僕らは そう笑っていたんだ」って歌うところ。ずるいね。「やんちゃな夢」が過去のものになっているであろうところも、青春時代の夢とは別の夢を生きているんだろうかと思わせられて切ない。それでも「戻らない日々を悲しみはしない」。

 

 アルバム通常盤収録曲の感想

13.生きろ(通常盤)

 こんだけアルバムで途方もない「夢」の話を散々しておいて、「夢や希望なんて なくたっていい ただ一つだけ」「あなたを生きて」「明日を越え 生き進め」と歌うんですよ、すばるさんが。関ジャニ∞が。すばるさんが。すごいよ。

 

14.JAM LADY(通常盤)

 「罪と夏」のテンションに「ジャム」を足したら、こうなってほしいな…? みたいな絶妙なところにぶち込まれた、またもや謎の奇才やすくんの曲です。いい加減にしてほしい。個人的になにがどうって、関ジャニ∞に必要な楽曲をつくろうと心がけているやすくんが今回のアルバムにこの曲が必要だと思ったんでしょう? それがすごい。錦戸亮ちゃんにあんな歌い方させるの、やすくん以外にいるんだろうか。しらんけど。

 

15.Traffic(通常盤)

 大本命。よく考えてもらいたいのですが、これを自担がつくったって考えたらやばくないですか? 最強にかっこよくないですか? 

 どうでもいいんだけれど、わたしは錦戸亮ちゃんを「変わっていくことを恐れることを極端に恐れている人」だと勝手に思っていて、2011年の「スケアクロウ」で変わらず此処にいるという曲を歌って以降とくに、「不確かな日々に潜んだ確かな今を 明日も明後日もずっと繋いでいこう」と歌ったり、此処に留まるような曲を歌わないんですよね。そういうタイミングなだけなのかもしれないけれど。で、今回の曲が「Traffic」、「高速道路あるある」の曲だそうで、高速道路って、基本的に止まらないし、転回も後退もできないんですよね。普通に走行していたら止まる必要なんてほとんどない、のに、「Traffic」では渋滞にハマって身動き取れなくなっている。やだね。でも、いちばん好きだなうわ好きだなあって思うのが「後戻りなんて出来やしない事 スタート地点で知ってたはずなんじゃないの?」と歌ったあとに、「隣のレーンと同時に留まってた時間が動き出す」と渋滞が流れていくところ。過去の選択を新めて振り返って肯定したときに、膠着状態を抜け出すの、めちゃくちゃ良い。どの曲もそうだけど、「選ぶ」ことに対する自意識が見えるのが最高。こういう風に生きてそうだなってファンに思わせるようなひとが作るからなおさら? 「選んできたルートは間違っちゃいない」のだけれど、「選んだ」でなく「選んできた」を選ぶセンスがやっぱり間違っていなさすぎるので、頭を抱えそう。だいすきじゃない? CD音源のアコギ弾いてるの錦戸亮ちゃんなんだよ、かっこよすぎて惚れるかと思ったけど、すでに惚れてたね? ただの自担デレだっていまさら気が付きましたか?

 

 「罪と夏」の延長線上にやすくんの「JAM LADY」があるとすれば、「今」の延長線上にこの「Traffic」があるように思える。すばるくんの「夢」に対する優しさの「生きろ」と、三曲全部合わせて「ジャム」というアルバムへのアンサーのようで、たまらなく好き。

 

アルバム初回盤収録曲の感想 ?

ノスタルジア(初回A)

 年下ユニット曲。いい加減にしてほしい。普通にサウンドが好き、なにこれ。いい加減にして。後半の伏線回収みたいなの全然求めてない、言いたくないけど「しんどい」。コンサートでこれを泣かずに聴けるんだろうか、めちゃくちゃ最低な演出してくれない限り無理だと思う。ちょっともう辛抱堪らんくて、思わず歌詞カードの歌詞のほうを写真撮りました。「今日も"その続き"を歌ってる」。ノスタルジア、望郷。「星」。言いたいことがたくさんありすぎて何を言えばいいのかわからない、感想はまた次回でいいですか?

 

・Answer(初回B)

 年上ユニット曲。実は聴いてないです。歌詞カードも見てない。やばそうだって聞いたので、初めて聴くのをドームにしたかった。まだ死にたくない。ので、こちらも感想は次回でいいですか?

 

初回盤A・B特典映像 

  おまけの感想文。初回Aは忘れないうちにこれだけ言っておきたいのだけれど、ユニット決めの様子が入っていて、「どういう流れで年上年下の分け方になったんだろう」ってワクワクしながら見てたらいつのまにかホワイトボードに「亮 丸」って書かれてて、度肝抜かれた。だってまあ、結果を知ってしまっているから。しかも結構、決定ちゃう? みたいな感じのところまで話が進んでて、「えっ これどの段階で変更になったんや」と思って見てたら、大倉ですよ。「あのさあ上の三人がやったことあったっけ」って言うんですよ。「ええええええええええええ」ですよね。そりゃ見たくないといったら嘘になるし、ユニット分けが発表されたときめちゃくちゃ興奮したけれど、でも、年上年下ユニットなんて最終兵器やん!? 「なんでえ!?」って思いたくなる気持ちだけは吐露させてほしい。ほほえみユニットまであとちょっとだったのになあ。大倉さんのファンの喜ぶ最大公約数の発言に、なんだかいつも振り回されている。今後も多分振り回されるんでしょうね。

 「フトコロノカタナ」の錦戸亮ちゃんは(って錦戸亮ちゃんのはなししかしないんですが)、顔が最強に綺麗だったので、見惚れて意識がどっかいっちゃって一回じゃ話している内容が聞き取れなかった。あのインタビュー中の綺麗な横顔が3000いくらで見放題って考えたらこのアルバム安すぎて恐ろしい。「大阪とは何か」と聞かれた錦戸亮ちゃんが「逃げれる場所」「帰れる場所って大阪しかないし」と答えて、でも、インタビューが続くなかで「逃げの場所には絶対使いたくない場所なんですよね」とも話していて、ああ、と思った。ダイスキじゃない?  いつかとんでもなく傷つくようなことがあればいつだって甘えを求めて逃げ帰れる場所だけれどそれはいまじゃない、いつか完膚なきまでに叩きのめされて本当にどうしようもなくなったときに帰るまで生半可な気持ちで甘えたりせず大事にしておく、そういう場所があるんだってことを、ファンに教えてくれたのがうれしいのでこうしてブログを書いています。あと個人的に「逃げることは逃げないことと同義」だと思っているので、なんだろう、好きな人の口から語られる「逃げる」というテーマにドキドキしました。

 初回Bは

こういう感じでした。「可哀想」なんて言いたくないし言われたくないなって思った。*1  かわいい、から、かわいそうなの、かわいそうだからかわいいの、どっちなの? というところでもやもやしているかと思えば、全くそんなこともなく、「35億」の大倉さんや謎の自撮りを繰り返すすばるさんにおなか抱えて笑ってしんどかったです。錦戸亮ちゃんもかわいくて、関ジャニ∞隅から隅までおもしろくて、やっぱり好きだなあと思った。降参。

 

アルバム「ジャム」について

 「隙のない」って最近色々なものに対して思うことがあるのだけれど、「ジャム」も「隙のない」アルバムだなあと思う。覚悟の見える、アルバム。アルバムの構成としてはそこまで変わっていないと思うけれど、シングル曲以外は全部著名なアーティストからの提供曲という覚悟が見え透くような潔さ。何の覚悟だろうね、わたしは「関ジャニ∞」というイメージを貫く覚悟かなと思っています。

 ずっと、関ジャニ∞というグループは「関ジャニ∞らしさ」を自ら決めて発信していくというよりは、世間が関ジャニ∞に抱く「関ジャニ∞らしさ」を背負っていく覚悟があるんだろうと勝手に思っていた。世間は関ジャニ∞に「関ジャニ∞らしさ」の夢を見ている。いつだって楽しいひとたち、とか、賑やか、とかそういう。アイドルは鏡、こちらの見たいものを見せてくれる媒体、フィクションにもファンタジーにも徹しない、関ジャニ∞という生身の人間がつくるアイドルとしてのかたち、人間相手に見る幻のあやうさ、リアリティとファンタジーのギリギリのところ。ともすれば、アイデンティティの喪失にも繋がりかねない在り方だろうとは思うのだけれど、それがこうして「ジャム」というかたちのアルバムになるような未来までもしかしたら見通していたのかもしれない、と思ったりもする。「関ジャニ∞」を全うする仕事。隙のなさ。惚れた欲目ですかね。楽曲があって関ジャニ∞があるんじゃなくて、いつだって関ジャニ∞があるから存在するような楽曲を歌っていられるのが関ジャニ∞の魅力かなと思う。上手く言えないね。

 息継ぎをする暇もないような怒涛のアルバム「ジャム」。目にも耳にも楽しい関ジャニ∞の夏がこれから始まるのかと思うとわくわくが止まらないし、関ジャニ∞がどんどん公共のものになっていく、みんなの「楽しい」になっていく関ジャニ∞が好き、だという気持ちも止まらない。「楽しい」への敬意が止まらない。好きです。「今」を必死に生きていればいつかたどり着いたところが「夢」になる。それぞれの「夢」。今の関ジャニ∞が地に足付けて「夢」を歌うのが「ジャム」です。わたしにとって「関ジャニ∞」そのものが「夢」だなあと思う2017年初夏です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:単純に年上の人(しかもこの世で一番尊敬しているアイドル)に対して「可哀想」なんてこれ以上ない不敬だと思っているので絶対に言いたくない、のはわたしの矜持です

さみしさを鍵にして/NEWS「NEVERLAND」ツアー感想

お題「私のNEVERLAND」

 

お題お借りします。NEWS担はきっとこんなブログでも受け入れてくれるだろうと甘えた気持ちで公開することにしました。

 

「これに君が好きだって事以外、大した意味なんてないよ」って気持ちでいつもブログを書いています。

 

そういえば、コンサートが終わったあとに「NEWSのコンサートに入っているときがいちばんさみしい」というようなことをツイッターで発言した覚えがある。大阪公演が終わった後。私のNEVERLANDは大阪にしかなかったので、私はあの大阪城のすぐそば、大阪城ホールでさみしい思いをしたのだった。「White」も「QUARTETTO」も大阪城ホールだった。今年こそ京セラドームだと思ったのに。

あえて言うのも変かもしれないけれど、私は「NEWS担」「NEWSのファン」が好きです。コンサートにおける彼女たちの熱量のすごさが好きです。暗転したときの悲鳴の大きさ。メンバーが登場したときの歓喜の悲鳴。待ち望んでいたんだろうことがありありと分かるような、そんな気配のする歓声がいつも好きで、聞けば、ああ、NEWSのコンサートだ、とうれしくなる。アンコールだっていつも予定調和じゃなくて(呼んでいる彼女たちは「どうせ呼べば出て来てくれる」と思っているのかもしれないけれど)、いつでも心の底からNEWSを求めて呼んでいるように聞こえて、その切実さになんだかいつも泣きそうになる。感化されるのかなんなのかわからないけれど、NEWSが好きだな、って思い出す。さみしい思いをしても、NEWSが好きだからここにいるんだ、って思い出す。

だからまあ、今回、アンコールのないコンサートツアーということで*1、個人的にちょっと残念だった。聞きたかったのに~~!! って石ころ蹴りたくなるくらい。

その代わりなのか、最後の曲「U R not alone」で、ファンに歌わせるのは本当によかった。後ろの席にいた高校生くらいのファンの子たちは、公演中ずっと「やばい」「やばい!!!」と連呼でうるっせえなあと呆れるほどだったのだけれど、「U R not alone」では叫ぶように大きな声で歌っていて、これだからもう本当にNEWS担は……と涙目になるしかなかった。なんて素直でいい子なんだろうと思った。NEWSのコンサートのそういうところが好きです。4人になってからファン層がぐっと下がった、と言われているけれど、おかげでこんなに純朴なファンとしての声援に出会えるのならいつだって中高生向けのアイドルでいてくれと思う。年齢問わずほんのりネットの場におけるリテラシーが足りないんじゃないかと思わず疑ってしまいたくなるような人が少ないわけじゃないけれど、声の大きなノイズに惑わされないでいてほしい、頼むから、純朴な歓声が消えてなくなりませんようにと願っています。

 

と、あまりにも「NEWS担」の声援が好きだということを言いたくて、長々と語ってしまったのでお察しかと思いますが、レポにも感想文にも、ポエムにすらならないただの散文です。お手柔らかにお願いします。

アルバム「NEVERLAND」でいちばん好きだった曲は「Brightest」でした。これに理由はありません、単純に好きだった。今回のツアーは、新生活で慌ただしくて余裕もなかったので、あとから文字にする予定もなくただぼんやり楽しもう、と思っていた。で、結局あとから思い出して覚えているのが、以下、箇条書きで失礼します。

・せり上がってくるステージに堂々と立つNEWSの強さすき

・小山さんの「馬鹿になろうぜ!」の煽りで あれ?これはおかしいぞ と気が付いた瞬間に鳴る「D.T.F」のイントロの破壊力 「アクセル全開で~」と「ちょっとよそ見すんなよ」のNEWSちゃんが可愛くて3日分の感情を使い果たした

「あやめ」のやばさ 小説は「静」だとしたら歌は「動」なのかもしれない「動」も手に入れたシゲアキさんは強いね

「あやめ」~「Brightest」の曲間のつなぎが理解できないくらいかっこよくて理解できない

・と思ったら「シリウス」 と思ったら「Snow Dance」 と思ったら「Touch」

・「ニャン太」の小山さんの最敬礼が忘れられない*2

・スタトロで回って来たシゲアキさんがファンに無防備に脇を見せていて(語弊)、そのあまりの無防備さに慄いた

・そういえば「バンビーナ」(自担のいないやつ)「幻影が見える…」って頭抱えてた

・「さくらガール」はセンステじゃないといけない呪いとかにかかってるんですかね?

・「ポコポンペコーリャ」が本当に大好きなので、あんな風に演出してもらえてうれしいにしてもなぜ「ポコポンペコーリャ」なのか

・シゲアキさんの最後の挨拶「NEVERLANDには出口がないから! 一人じゃないから!」と早口で語りかけてくれるの、何故かすごく胸に来た、言い切るんだ、と思ってどきどきした

 

いいコンサートだったないいセトリだったな!? とは思うのだけれどいかんせん自分の感想がポンコツすぎて何の役にも立たない。コンサート終わってからしばらく「シゲアキさんの二の腕…」としか言えない日々が続きました。

ことばにしてしまうのがもったいないなあとか、考えてたら、語彙力も表現力もないからたいした感想も言えないし、でも、ことばにして残しておかなきゃ忘れてしまうかもと思ったらなにか言いたくなるし、よく分からない気持ちのままこうして書いています。

どう言葉にすればいいのかわからないけれど、とても素敵なセトリだった。テーマパークのようにエリアで分けるのをそれぞれのソロ曲を入り口にしたりして、そうして披露されるエリアごとの楽曲がこれまたそのメンバーに似合っている。シゲアキさんのエリアは「光」。光によって生み出される「虹」、日常に温かくきらりと光るような、たくさんあるけれどわたしのなかでは、黎明ということばが似合うような、そういう暗闇の中に浮かび上がる光のイメージ。歌われていないけれど「ヒカリノシズク」を思い出す。小山さんのエリアは「水」。洋服の海、天の川、夏の恋。永遠じゃない恋。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」、「方丈記」の冒頭のような切なさを思うのはソロ曲のせいかもしれない。増田さんは「音」。シゲアキさんのエリアが黎明、夜明けなら増田さんのエリアは真夜中だなあと思う。夜。「時計さえも眠る」静まり返った夜。「ミステリア」の歌詞中に「サクラ」と出てくるのは偶然なのかな。「さくらガール」は「ミステリア」に見せられた夢のなかみなのかもしれない。てごにゃんのエリアは「炎」、情熱。彼のエリアに選ばれた楽曲がどれも、大正解と拍手したくなるほどの選曲、演出。「I’m coming」からの「BLACK FIRE」の導入とかとくに。こうして反芻してみると、各エリアを巡っているあいだに何度夜を超えたんだろうとおもう、本当は数時間も経ってないのに。映画みたい。そして「魔」のエリアが、MCなのはふざけてるだいすき。

個人的には、シゲアキさんの歌や声、ダンスに圧倒されたコンサートだった、「あやめ」もそうだったけれど、ものすごく身体全体で訴えかけてくるようなところがあって、理屈じゃないものに魅せられているような気になった。冷静沈着なタイプかと思えば全然そうじゃない、心の奥底に潜む情熱をステージの上で披露している姿に惹かれた。あんなに綺麗に動く人だったっけ、と思った。小説とはまた別の、身体でしか表現できない何かってあるのかもしれない。関係ないっちゃないけれど、自担ががなって歌うのとかもそうかもしれないなあとおもう。文字やことばだけじゃ表現できないことってやっぱりあるんだな、身体性ってこんなにも感情に直接訴えかけてくるんだ、って思わされる。それを、シゲアキさんで理解できたことがうれしいシゲアキ贔屓。

でも、身体だけじゃ表現できないこともたくさんあって、レーザービームとか炎とか水とか、それこそペンライトとか、「Brightest」のスクリーンの演出とか。衣装とか、ジュニアの演出とか。全部に意味があるように感じさせられるけれど、そういう要素のどこか一つにより過ぎていることもない、「あそこはよかったけれど…」みたいなことを言わせない、隙のないコンサートだったようにおもう。隙のない、って先日ツアーが終わってから更新された「シゲアキのクラウド」にも思ったけれど。覚悟が見え透けるとなんでか「隙がない…!」と思ってしまう、誰にも文句言わせないような圧倒的な意思が見える気がする。好きだなあと思った。

 

好きだなあ、という気持ちだけでいいのかもしれないなあ、と思った。毎年毎年、NEWSを好きだという気持ちと、NEWSにはいない「担当」という存在に惑わされて、「一番」じゃないことを後ろめたく思ってきたし、一生NEWSという物語の当事者にはなれず傍観者なんだろうなと思って、ちょっとひねくれていた。「浮気すんなよ」って言われても胸が熱くなる一方で、嘘をついているような気持ちになったりする。別に浮気したくてしてるわけじゃないのに。でも、どうしたって私は、NEWSより、シゲアキさんより、あの自担を選ぶだろうし、迷いなくそう考えているあいだはどうしたって私はNEWSを選べない。けれど、NEWSがNEWSの歌を歌う限りは、どうなったってその結末まで見届けようと思うし、私や自担が選べなかった物語の先を読みたいと思う。「夢」の行きつく先を知りたい。選べなかった世界がこれだけ優しいのなら報われる気がしている。

いつだってだれかに怒られるんじゃないかって思いながら、石でも投げられるんじゃないかって、こうして色々書き連ねては後悔して、それでも、私なりに正々堂々好きなのだからと思って書き残す。私がNEWSに見ている「物語」が、私だけに見えているものなのかもしれない、あまり大きな声で言うのは憚られるものだ、ってコンサートに行くたびに思う。申し訳ない気持ちと、それでも、NEWSの4人がつくるコンサートが好きだという気持ちの狭間で動けなくなる。NEWS担じゃないのに、こうしてNEWSがファンに見せてくれようとしている光景、愛にあふれた光景を見せてもらっていいのだろうかと、ちょっとだけ後ろめたかった。劣等感なのかもしれない。

レポを読みながら、ずっと、「好き」って「ファン」ってなんなのだろうと考えていた。アイドルに対してファンの立場からアイドルとしての姿勢を問うのなら、まず自分のファンとしての姿勢を正してからだろうと思うのは、私だけなのだろうか。どんな「物語」でも、偏見や先入観とときには同義になる、必ずしも真実そのものではないということを、ちゃんとわかっていようと自分自身に言い聞かせた。

まっすぐにNEWSだけを好きでいるファンじゃないこと、「歌って!」と言われても素直に大きな声で歌えないこと、いもしない人間の幻影を見てしまうこと、劣等感や罪悪感はたくさんあるけれど、それでもNEWSが好きだという気持ちでペンライトを振っている。会場にはたくさんのペンライトが揺れていて、その光景を見て一人じゃないと実感するからこそ、さみしく思うのかもしれない。

「NEVERLAND」には出口がないそうなので、NEWSを好きだという気持ちも消えそうにないので、まだもうしばらくはさみしいままなんだとおもう。さみしさはさみしさのままとっておきたい。きっと私にとっての「鍵」だから。

 

NEVERLANDツアーお疲れさまでした。何をどう言えばいいのかわからないけれど、私がステージで見たNEWSは相変わらず可愛くて、キラキラしていて、かっこよくて、私はあの日からずっと、NEWSがNEWSとしてNEWSの歌を歌ってくれていることに感謝しているよ。いつでも「NEWS」という夢を見せてくれて、ありがとう。

*1:大阪公演より後の公演でアンコールがあったとかなかったとか噂には聴いていますが大阪ではなかったので「アンコールのないコンサートツアー」ということにしておきます

*2:「NEVERLAND」に出口がないように「死」にだって出口や終着点がないのかもしれないって思わされた、いつだって鍵が心の中にある

ざっくりほほえみ年表/まるりょエピソードまとめ

 

 

【ほほえみコンビ】

関ジャニ∞丸山隆平錦戸亮を指すコンビ名。2012年のイベントでの罰ゲーム「ほほえみデート」を二人で行ったことに由来。それ以前は特にコンビ名はなく、名前を取って適当に呼ばれていた。ジャニーズ事務所の同期。同じ高校に通っていた過去もある。2016年8月現在、村上信五を含んだユニット曲「ビースト‼」、錦戸から丸山へ送られた歌「いっこにこにこ」はあるが、二人でのユニット曲は制作されていない。二人とも名前の頭文字が「R」という共通点がある。

ベストオブほほえみエピソード決定戦 - 「君によく似た甘い言葉を」

「ほほえみ」でなければ「まるりょ」と呼ばれていることが多いです。パーソナルスペースと主従関係がおかしいことで話題。

普段からスキンシップや会話の多いコンビなので、すべてのエピソードを記載していたら膨大な量になると判断したので、この年表では同時期になんどか言及されたような、特に目立ったエピソードのみを記載することにしました。さらに、詳細をご存じの方には時系列を記憶と照らし合わせて楽しんでもらうため、詳細をご存じでない方には検索して楽しんでもらえるよう、なるべく内容を簡潔にまとめることに注力しました。詳細なニュアンスは参照元をご確認ください。

個人の主観によるものなので、取捨選択がへたくそで申し訳ない。ファンとしての年月の浅さゆえに、知識に限界があるため、デビューから数年が希薄になっております。また、「こういうのもありましたよ」「これなんで入ってないんですか!!!」というのがあれば助かりますので、ぜひとも教えてください。下記にフォームを設けております。 

エピソードは随時追加されてゆきます。 

 

 

デビュー前(~2003)

・オーディション:入所日は1996年9月6日・丸山さんは二度目のオーディション

・高校時代:丸山さんが通っていた高校を選んで錦戸さんが進学・入学式には丸山さんが迎えに行った・高校時代学校の人気者だった丸山さんが文化祭でバンド演奏していたのを見た・当時丸山さんが好きだった人に錦戸さんが告白された

2004
2005
2006
2007

・DVD「47」茨城オフショット:本番前「まる、キスして(錦戸)」に丸山さんが応えた様子が映っている

・「47」写真集:錦戸亮反省文、バンドリハでのエピソード *1

2008
2009

・「フラカン」3/12:錦戸さんが丸山さんを誘い、二人でライブを観に行く。ライブでも歌われたフラワーカンパニーズの「この胸の中だけ」という楽曲を錦戸さんは丸山さんに勧め、丸山さんはその後、カラオケで歌う楽曲としてこの楽曲を挙げるようになる。(「Double Punch III フラワーカンパニーズ×斉藤和義フラカン和義のロックンロール300万ボルト~」*2

・「TVガイド」君とキジ:丸山さんのことば*3 とともに、丸山さんが錦戸さんを撮影した写真が掲載されている(カレンダー発売記念短期集中連載「無限郷観光協会へようこそ」4/3号)

・「聞くジャニ∞」3/28放送:お互いへの感謝のメッセージ「そういう場(自分の友人とのご飯の場のこと)にも気兼ねなく来てくれてありがとう(錦戸)」「亮ちゃんのためだったらある程度なんでもできるから(丸山)」*4

・「Can!ジャニ」高尾山ロケ6/27放送:「今日おれ亮ちゃん撮りに来てん(丸山)」「もうそんなんせんといてえや、どうしたらいいかわからんようなる(錦戸)」

・「PUZZLE」ツアー:マイクトラブルを起こした丸山さんに自分のマイクを差し出しおでこにチューした様子がWSで流れた(東京公演は6月)・横山さんが、サウナの水風呂で丸山さんが錦戸さんに「肩まで浸かれ」と強気に命令していた、のを目撃したと発言(大阪公演は7月)

2010

・夏:堺雅人さんに似てると丸山さんが錦戸さんにモノマネをした写メを送る

・「ギルバート・グレイプ」:ツアーMCで レオナルド・ディカプリオ主演の映画「ギルバート・グレイプ」を錦戸さんが見ながら「これをマルがやるんやと思ったら泣いてた」と発言(KANJANI∞ LIVE TOUR 2010→2011 8UPPERS 12/18 東京公演)

2011

・「TVガイド」3月:錦戸さんの想像する丸山さんの錦戸さんへの印象が「腫れ物」、対して錦戸さんは丸山さんに向けて「心の支え」と発言している。丸山さんは錦戸さんに対して「クールでシャイ」と発言。丸山さんの想像する錦戸さんから丸山さんへの印象は「元気で変なやつ」*5 (「TVガイドPLUS」2011年春号)

・「レコメン」4/21:渋谷丸山ゲスト回での生電話で、錦戸さんと丸山さんが「ゲゲゲの鬼太郎」の唄を歌う

・「レコメン」8/18:丸山安田ゲスト回に、途中から錦戸さんが登場。リスナーから「丸山さんを褒めてください」というメールが届いたのを受け、丸山さんに対して、「髪の毛を切って男前にはなった」「おれ、まるのこと褒めたことあるか?」などとコメント*6

・「仕分け」9/28:『これまでに深夜でやった企画をゴールデンに持って行けるか?いけないか仕分け』という深夜帯最終回での企画で錦戸さんは丸山さんを仕分けた *7

・「TV LIFE」11月:「マルちゃんひまや~」とか「疲れた~」ってメールを送ると元気が出るムービー送ってくれるんです(錦戸)*8

・ドームツアー福岡公演MC:関ジャニ∞内でのキス事情、錦戸さんが丸山さんと安田さんとはよくキスしているという話(KANJANI∞ 五大ドームTOUR EIGHT×EIGHTER おもんなかったらドームすいません 福岡公演は11/27)(DVD初回限定盤MCダイジェストに収録)

・「月刊TVfan」2011年末:「マルは20回くらい誘ってやっと1回(錦戸)」年下メンバーによくご飯を断られるという話。一緒に住まへん?と誘っても断られる*9(2012年2月号)

・「はなまるマーケット」(丸山出演)12/23:集合写真でしかめっ面をしている錦戸さんの心情をアテレコ「なんだよ、マルかよ、出るのかよ~、でも内心うれしいっていう」、メンバーを説明するコーナーでは錦戸さんのことを「不器用天才」と説明、誕生日にもらったジャケットの写真とエピソード

2012

・「8EST」アルバム初回限定盤B:「ほほえみデート」(実施日9/5)

・「関ジャニ通信」(錦戸ゲスト)12/2:「ほほえみデート」での裏側エピソード *10

2013

・「ハピくるっ!」(丸山出演)1/23放送:「ほほえみデート」での粕汁を錦戸に褒められてうれしかったという話

・「with」5月号連載:丸山錦戸対談(入所から「ほほえみデート」まで)*11

・「zip!」(錦戸出演)5/9放送:「生まれ変わるならメンバーのなかで誰を選ぶか」という質問に対して丸山さんを選ぶ、「気さくで誰からも好かれるし、面白いし、黙ってたらかっこいいし」「好きな顔ですね」

・「MYOJO」2013年11月号:ツアーの際に、よく二人でホテルに残ってルームサービスを頼んでいる話(ホテルで食事している写真は上記の「with」と下記の会報にも載っている)*12

・「JUKEBOX」アルバム特典:「こいつはエロイな~と思うメンバー」にお互いを選ぶ錦戸丸山・「リハが楽しそうだから」とユニットのメンバーにまず丸山さんを選んだ錦戸さん

・「ココロ空モヨウ」メイキング:丸山さんの口の中に指を突っ込む錦戸さん、に驚く丸山さん

2014

・「PON!」生放送:二人で出演した番組内コーナーでの「隆平&亮のここが好き♥」という質問に対して丸山さんは「顔がタイプ」など、錦戸さんは「真面目ななかの遊び心」などと答えた(「PON!」1/6放送)

・2013ドームツアー大阪公演MC:「ほほえみデート」で手料理を褒められて嬉しかったから自炊に凝りだした丸山さん・丸山さんちの書斎にあのスケッチブックが飾ってある話から、最近錦戸さんがどこでも「いっこにこにこ」を歌うという話(KANJANI∞ LIVE TOUR JUKE BOX 1/18昼公演)

・「ホンマでっかTV」7/23放送:出演者に分析され「自信家」などとやんや言われる錦戸さんを庇おうと、丸山さんがしどろもどろになりながらも「いつも気遣ってくれる」「心優しい子なんです。あんまり言わないであげてほしい…」と発言

・「ポポロ」8月号:丸山安田の対談連載にて、錦戸とのエピソードがいくつか。丸山が安田や錦戸によくキスをするという話から「あれはもうペットな感じやんね(丸山)」という発言など(『僕らとエイトの10年間。』)

・「レコメン」全員集合:「ほほえみデート」に関して「負けてよかった(錦戸)」発言(8/7放送)

・「A-studio」(丸山出演)8/8放送:コメント「あなたが楽に過ごせる人になりたいです、誰といるときが一番楽ですか?(錦戸)」

・「十祭」:8月開催のコンサートでアレンジされた「いっこにこにこ」を関ジャニ∞(丸山さんを除く)が演奏。錦戸さんいわく「マルちゃんのためだけに歌います」、丸山さんはステージの上で聴くだけ(東京公演8/9.10、大阪公演8/23.24)

・「TVガイド」表紙:丸山錦戸コンビでの表紙、特集ページ「新[ごめんね青春!]&新[地獄先生ぬ~べ~]秋の2大ドラマ主演が奇跡の2ショット! 錦戸亮&丸山隆平 ラブラブ10番勝負BOOK」(09/13号)

・「角煮事件」2014年末:丸山さんが錦戸さんのお弁当の角煮を勝手に取ったことに対して錦戸さんがガチ切れしたことによって引き起こされた喧嘩(2017/1/4放送「ミヤネ屋」、2017/1/25放送「TOKIOカケル」)

 2015

・「2/∞(エイトブンノニ)」6/26収録:中崎町で丸山錦戸のロケ(07/30、08/05、08/12、08/19「関ジャニ∞のジャニ勉」内コーナー 関西テレビ放送

・「ひき肉ダンス」ドームツアー東京公演:丸山さんのギャグ「ひき肉ダンス」がこの時期錦戸さんにオオウケしていた。コンサートのアンコールで丸山さんが披露した際、錦戸さんは花道を走って移動してまで一緒に披露した(関ジャニ∞の元気が出るLIVE‼ 12/20 東京公演)

2016

 ・2015ドームツアー大阪公演MC:丸山さんがメンバーで一番最初にキスしたのは錦戸さん・エレベーターとかでキスをするという話(関ジャニ∞の元気が出るLIVE‼ 2016年1/16公演)

・サーフィン:丸山さんが錦戸さんにサーフィンに連れて行ってもらうという約束をしていたことが判明する *13 (リサイタル2016 7月31日昼 幕張公演MC

・「いきなりドッジ」:形勢逆転しまくる丸山錦戸コンビの主従関係がフューチャーされた (「関ジャ二クロニクル」10/8放送 佐藤健さんゲスト)

・「FFPP」(撮影日8/20):丸山さんがプロデュースした「FFPP」プロジェクトにて、それぞれメンバーが丸山さんと撮影した様子の映像。丸山さんが設定したキーワードは「からあげ」と「ラーメン」だったため、錦戸さんはチャイナ服で撮影した。(「関ジャニ∞リサイタル 真夏の俺らは罪なヤツ」DVD盤特典disc3収録)

2017

・「刺繍 やきそば マヨネーズ 丸山」3/18放送:丸山さんが錦戸さんに、「実は、数年前からずっとお返ししたいと思っている人がいる」と刺繍入りのタオルをプレゼントし、錦戸さんがそれをもらって感動していた(日本テレビ系「今景気イイ芸能人の副業に潜入!関ジャニ特命捜査班7係」)

・「2/∞(エイトブンノニ)」4/27収録:松屋町で丸山錦戸のロケ(05/24、05/31、06/07、06/14「関ジャニ∞のジャニ勉」内コーナー 関西テレビ放送

・「ジャム」初回B:「撮り合いメイキング」で寂しそうにする錦戸さんに丸山さんがドッキリを仕掛ける様子や、待機中にボイパや即興ソングを歌う丸山さんに対して辛辣に接するも思わず口ずさんでしまう錦戸さん、錦戸さんが坂道で丸山さんに「なんかして」「待って~」と追いかけていく様子が収録されている

・「えげつない」ラップバトル:「ジャム」に収録されている「えげつない」という楽曲でラップバトルを披露した丸山錦戸。福岡公演では、錦戸さんが丸山さんへの歌詞を自ら作詞して披露するというサプライズもあった。(「ジャム」2017/7/15-9/10)

 

 

            to be continued…

 

 

 

なるべくソースは明確に記載したつもりです。気になるものがあれば、検索して確認していただければと思います。

雑誌の発言にまで言及するとキリがない、けれど、触れずにはいられない…というジレンマ。個人的には、よくある「メンバーへ一言」とか、しょうもない(けれど大変ありがたい)雑誌などでの小さい小さい裏話や写真や座談会での会話、錦戸カメラ丸山カメラ、このDVD・CDにはこういう絡みが収録されているとか、そういうのは別のエントリーでまとめようかなあと思います。これこそいつになるやら。

ほほえみコンビのエピソードって(どこもそうだとは思いますが)、実はだいたい似たようなもので「からあげ」「笑う/笑わせる」「キス」「器用/不器用」「顔が好き」「食べても太らない/生まれ持ってる筋肉」とか、「カラオケ」とか「高校時代の文化祭/入学式/学校で人気者だった丸山さん」「ちゃんとせえ/ご指導ご鞭撻のほど…」とか「誘っても断られる/断る」とか「ジャケット」をくれた話とか、そういういま挙げた単語の組み合わせによって対談が構築されていたりするので、チェックシートつくろうかな、と思っていた時期もありました。同じエピソードを何度も話すので、それらについても対策を考え中。

こんなエピソードをまとめた記事があっても、本人たちにはきっとなんの影響もないんだろうなあというところが、好きです、ほほえみコンビ。

 

 

 

 

docs.google.com

 

moyashi1984.hateblo.jp

 

 

*1:以下該当部分引用『僕はバンドリハが大好きです。みんなと一緒に演奏してあーだこーだ言いながら、終わったらみんなで飯食ってお酒も飲んで。まぁとにかく好きなんです。しかし、あるひとりの人物により、雰囲気が変わるときがあります。そう丸山隆平です。彼は許容量を超えるとイライラします。間違えてしまう自分にイライラします。大人にもタメ口で話し出します。さらに言えば、「コード変えても良い?」って尋ねると、「それ意味あんの?」ってめっちゃ怒ります。僕は腹のなかでは「俺が作った歌やねんから、俺の好きに決めさせろや!」って思ってるんですけど、「ごめんな、マル。せっかく固まってきたのにいじくって。でもそっちの方が良いと思うからお願い」そう言うと丸山くんは「わかった、え?コード何なん?」やってくれます。頑張ってくれます。でも失敗します。でも、たまにやるアドリブはめっちゃかっこいいときもあります。でも、やっぱり失敗もします。それが丸山くんです。今じゃ完璧に弾いてくれます。そんなマルちゃんや大倉、章ちゃんで47都道府県で演奏してきて本当に楽しかったですね。』

*2:ライブの概要はこちら→ Double Punch第3弾でフラカン×和義が高電圧ロックバトル - 音楽ナタリー

*3:以下引用『鳥はどっから撮ってもキレイですが、君もどっから撮ってもキレイですね。自覚してる?』

*4:ラジオ文字起こし - 「君によく似た甘い言葉を」 http://moyashi1984.hateblo.jp/entry/2015/09/20/142107

*5:以下引用「ムードメーカーで僕の心の支え。マルがいなかったら、笑って仕事する時間が半分になるくらい。(自分のことは)腫れ物扱いですね。僕のことをちょっとビクビクした目で見るから(錦戸)」「亮ちゃんは、クールでシャイ。スポーツでも楽器でも器用にこなすけど、バラエティーとかだと少しシャイ。俺のことは元気で変なやつって思ってるんじゃないかな(丸山)」

*6:錦戸さんが登場する前に、錦戸さんに褒められるとどうしていいかわからない、と丸山さんが話していたこともあり、リスナーから錦戸さん宛に、丸山さんを褒めてください、とメールが届いた

*7:番組では相当脚を引っ張って「関ジャニ∞の質を下げている」「脱退してくれへんか」と言わせるほど錦戸さんを激怒させていた丸山さん。結果は当然「持っていける」という仕分け結果だった

*8:以下引用『ドヤ顔とはちょっと違うかもしれないけど「マルちゃんひまや~」とか「疲れた~」ってメールを送ると、元気が出るムービーを送ってくれるんです。いつも癒されてます。』

*9:以下引用「今年一番メンバーに怒ったこと:マルとヤスと大倉に、メシに誘ってもカラオケに誘っても、絶対断られる! マルは20回くらい誘ってやっと1回。「一緒に住めへん?」って誘っても断られる。マルも何回か誘ったし、ヤスも。大倉が料理してるとこ見てうわっすごいな。オマエ一緒に住もうや!」って言っても「え!?」だって」

*10:「おれマルのことどう思ってんねやろ!?」と大人になってから改めてメンバーのことをじっくり考えた機会だった、というような話

*11:ほほえみ on Twitter: "『with』2013年5月号 https://t.co/fWhHn2gLzC"

*12:加藤「ライブのときって、メシどうしてます?」丸山「地方のときやったら、イベンターさんが連れてってくれるところに行く人もいれば、ケータリングですませてホテルに戻る人もいれば、ホテルのルームサービスですませる人もいる。俺とか(錦戸)亮ちゃんは、ホテルに直帰して、ルームサービスとるパターンが多い。たまに亮ちゃんがうちの部屋に来て、いっしょにテレビ見ながら食べたり。っていってもほとんど話すことないから、飲んで食って、終わったら「じゃあな」って。やのにあの人来はるから、なんでやろ?って。」MYOJO 2013年11月号・「マル目線」にて、ツアー中のホテルでのルームサービスを亮ちゃんと食べる習慣がここ2年くらいでできてきたという話(会報VOL.4)

*13:「anan」7/13号では、「このメンバーと二人旅をするなら?」という問いに「錦戸さんと」に答えた丸山さんは「サーフィンして民宿に泊まりたい! 海に連れて行ってほしいな。三重県あたりの海で民宿に泊まって、サーフィンして、自分たちで布団敷いて、美味しい朝ごはん食べて…というのがいい。亮ちゃんは“一緒に来られたのがうれしい”と、旅のプランを全部決めてくれるタイプ。ほんまに面倒見のいい人です。」と回答していた

大学4年間の現場まとめ

 3月9日、麻生くんの日。ですね、内容はなんとも関係ありません。

 大学4年間で入った公演の半券を見ながら総まとめ。公演名は半券を見ながらなので、多少違うところがあるかもしれません。誰が読んで得するのかはわかりません。

 自分の学生生活の4年間をたのしかった、と言いたいがためのエントリーです。

 

2013

・4/8 A.B.C-Z 2013 Twinkle×2 Star Tour @オリックス劇場

  大学の授業初日のコンサートだったのでは。はじめてジャニーズとハイタッチした懐かしい思い出(4年間で記録は更新されていません)。爆発的にうるさい関西ジャニーズJr.がゲストで登場してその騒がしさに唖然とした。

・8/9 NEWS LIVE TOUR 2013 NEWS MAKES YOU HAPPY! MAKES THE WORLD HAPPIER! @ほっともっとフィールド神戸

  なんと略していいのかわからないコンサート。私にとって「新生NEWS」はじめてのコンサートでした。なんとなく「ほも」と略しがちな「ほっともっとフィールド神戸」。二度と戻れないと知りながら、この公演のようなコンサートを求めている。

・9/1 Johnny's Film Festa 2013 @東京ドームシティホール

  伝説の「カモナマイハウス神戸牛~」のやつですね。まじで頼むからいい加減にしてくれそのニューエラと思っていた記憶がある。自担の歌う「リリック」音源いまだに求めてます。たのむよ。

・9/12 B'z LIVE-GYM Pleasure 2013 -Endless Summer- @京セラドーム大阪

  人生で初めてのB'zのコンサート。「死ぬまでに一度は」と思っていたのを、うかうかしてたら行けずに終わってしまうかもしれない、と申し込んだ公演。最高だった。子どもを連れた人が曲中に、席を離れてしばらく戻らなかった。スーツを着た人が始まってもしばらくビールを飲んでいた。平日大阪公演。

・12/31 KAT-TUN COUNTDOWN LIVE 2013 @京セラドーム大阪

  カウコン。めちゃくちゃよかった。あのミニアルバムが最高だったのと、過去曲の演出(コメント)がとてもよかった。推しているGと対比されて、こちらがやたらと賛美されていたのを覚えているけれど、過去をどう消化させるのか、というところにやはりとても惹かれた。それぞれの「らしさ」でもって。

 

2014

・1/17.18.19 KANJANI∞ LIVE TOUR JUKEBOX @京セラドーム大阪

  間近で自担の生尻を拝んでしまった京セラドーム。京セラドームのみの参加だったので、日焼けをした事実を逆恨みしそうだった。

・4/27 「中の人」加藤シゲアキ @東京グローブ座

  あんなによく動く加藤シゲアキを私は知らなかった。初めて遠征したのが「中の人」だった、たのしい舞台だった。

・5/5 Johnny's Film Festa 2013 IN OSAKA  @大阪城ホール

  GWの城ホを上映会で使ってしまうなんて頭がおかしい、そして見づらい。そしてやっぱり、もうちょっとかっこつけてほしかった、気を使ってほしかった、だってかっこいいのに、とジリジリしながら自担を見た。

・5/18 「中の人」加藤シゲアキ @シアター・ドラマシティ

  演者の「ソフトバンク!!」と投げつけた携帯電話が壁にぶつかり、「昨日のお酒が残ってるのでは!」と羨ましげに笑う加藤シゲアキ

・5/25 関ジャニ∞10周年学園 ありがとう感謝感激卒業式 @森ノ宮ピロティホール

  錦戸亮が、女子高生のコスプレ姿で、母親のごはんを食べなかったことを思い出して泣き出した、錦戸担としての数年間のなかで一番消化できていない公演(そもそもこのイベントはなんだったんだ)。

・8/23.24 関ジャニ∞ 十祭 @大阪・ヤンマースタジアム長居

  「まるちゃんのためだけに歌います」と宣言されて歌われた「いっこにこにこ」を聴く丸山さんの何とも言えない表情がいまだに思い出される。グッズのエコバッグのダサさと共に。オーラスの自担の挨拶にやたらと感動した覚えがあるんだけれど、何を言っていたのかは忘れた。スキャンダルにもたくさん種類がありますね。エイトレンジャーとシャッフルユニットの組み合わせが一緒だったのは許してない。

・11.6・12/13.14・2015/1/8.9.11 関ジャニズム LIVE TOUR 2014≫2015 @札幌ドーム・東京ドーム・京セラドーム大阪

  いまだに覚えているのは、東京ドームのMCで号泣したこと、成人式とオーラスが被って泣く泣くオーラスを諦めたこと。自担のビジュアルが最高によかったこと。とくべつ、とくべつ。30を迎えてもなお、ここまで惚れ直すばかりだとはおもわなかった。

 

2015

・1/28 渋谷すばる LIVE TOUR 2015 @なんばHatch

  大阪レイニーブルースがよかった。

・5/2 White NEWS LIVE TOUR 2015 @大阪城ホール

  6人曲で崩れ落ちすぎて笑うしかなかった、いやまあ泣いてたんですけれど。好きしかなかった。センステでさくらガール歌われたときはもうどうなってしまうんだろうと思った、好きしかないんですけれどね。

・6/13 B'z LIVE-GYM 2015 -EPIC NIGHT- @味の素スタジアム

  「Blue Sunshine」とブラジャー。「松本さんじゃないかもしれない」、この三本立てでお送りされました。

・6/14 White NEWS LIVE TOUR 2015 @東京ドーム

  棒棒鶏。

・7/31 Hey! Say! JUMP LIVE TOUR 2015 JUMPing CARnival @大阪城ホール

  うちわに反応してくれた有岡くんを、あっさり好きになって帰ったコンサート。有岡くんがあんなにパートをもらっている人だとは思ってなかったんです。

・8/26 ドリアン・グレイの肖像 @森ノ宮ピロティホール

  中山優馬が見てみたかった。

・9/5.6 関ジャニ∞リサイタル お前のハートを掴んだる @宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ

  ほほえみデート記念日だから!入所日だから! 仙台といえば「牛タン」、牛タンを口に詰められた仙台、いろんな思いが交錯する仙台。なぜか自名義がいちばん活躍した仙台。

・11/4 ARASHI LIVE TOUR 2015 Japonism @札幌ドーム

  黄色いマスキングテープのために尽力した札幌。嵐のコンサートはすごかった、制御されているペンラも、それはそれでいいのではないのかな。なにより一曲目の「sakura」と、松本さんのソロが圧巻だった。

・12/13・12/20・12/24.26.27 関ジャニ∞の元気が出るLIVE!! @札幌ドーム・東京ドーム・名古屋ドーム

  たのしい遠征だったよ(遠い目)たのしかった。文句が出るからよくない、というわけではないんだろうなという印象のコンサート。

・12/31 Hey! Say! JUMP COUNTDOWN LIVE 2015≫2016 JUMPing CARnival @京セラドーム大阪

  有岡くんのうちわを持って、有岡くんばっかり目で追うほどには好きになっていた。良いご縁があった思い出のカウコン。有岡くんへのときめきをジャンルに言語化できない。

 

2016

・1/14.15.16.17 関ジャニ∞の元気が出るLIVE!! @京セラドーム大阪

  最近すぎて数行に収まるほどの思い出がない。

・4/1 NEWS LIVE TOUR 2016 QUARTETTO @大阪城ホール

  アルバム「QUARTETTO」が名盤なので、どうしようもなく良いコンサートだった、よかった、いまがいちばんすきだとおもう。シゲアキさんの最後の挨拶を、真摯に聞けないのは多分錦戸担だから。でもすきなんだよ。

・6/5 Perfume 6th Tour 2016 「COSMIC EXPLORER」 @アスティとくしま

  さいっこうだった、さいこうだった、もうこの2016年6月は最高にしあわせだった。はじめて立ち見のチケットを手にした。

・6/12 NEWS LIVE TOUR 2016 QUARTETTO @東京ドーム

  相変わらずMCがゆるい、そこが好き、なんでか気が付いたら家にバンダナが2枚もあったんですが、わたしが買ったんだろうか。24時間テレビを控えたあのころ。

・7/7 マクベス ライブビューイング in 大阪 @梅田芸術劇場メインホール

  まさか初めての梅芸がライブビューイングとは思いもしなかったけれど、それでも、見られてよかったと思う。ライブビューイング、普通に見るのよりも見やすい節もあってよかった。丸山さんのマクベスは言うまでもなく、圧巻。

・7/15 グレイト・ギャツビー @ロームシアター京都

  原作が好きで、というか原作者が好きで。内くんが見たくて見たというよりも、ギャツビーが見たくて見た。最高。数えるほどしか舞台を見ていないけれど、一番好き。ギャツビーの内くん最強なので再演してほしいくらい。本当によかった、本当に内くんのギャツビーよかった、素敵だった。軍服も、ピンクのスーツも、良く似合っていた。

・7/29 Hey! Say! JUMP LIVE TOUR 2016 DEAR. @大阪城ホール

  なんかめっちゃ好きな曲があったのがどんな曲なのか思い出せなくてくるしい。

・9/16.17.18・9/28 関ジャニ∞リサイタル 真夏の俺らは罪なヤツ @アスティとくしま・朱鷺メッセ 新潟コンベンションセンター

  「罪と夏」のもたらした功績は計り知れない、ここまで夏が好きになったのは全部関ジャニ∞のせいだ。誕生日に普段は帰らない出生地で、一番好きなアイドルのコンサートを観るという、人生でまたとない体験をしてしまった。

・10/22.23 Perfume 6th Tour 2016 「COSMIC EXPLORER」 DOME Edition @京セラドーム大阪

  「覚悟」が大好物なので、最近のPerfumeにはその覚悟がたくさん見え透くような気がしていてやっぱり良い。かわいいだけじゃない彼女らの、かっこいい女の覚悟に敬意を払って、「かわいい」と言う。

・12/10・15-18 関ジャニ’s エイターテインメント @札幌ドーム・東京ドーム

  「エイターテインメント」と「エンターテインメント」の違いがわからなくなりました、おかげさまで。やっぱりなんだかんだいって、関ジャニ∞がしっくりくる、あまえかな。

・12/31 ジャニーズカウントダウン 2016-2017 @東京ドーム

  案外あっさり2017年になるもんなんですね。

 

2017

・1/2.3・12-15 関ジャニ’s エイターテインメント @福岡ドーム・京セラドーム大阪

  ある意味で、このオーラスに次のツアーが発表されるのも「永遠」なんじゃないかな、と思うようになる。いつまでもこうしていられるような気がしているけれど、そうもいかなくなる未来だって、すぐそこにあるのが現実ですね。

 

 

 

▽「いちばん」を決めるのなら

 2013年のNEWS「8/9 NEWS LIVE TOUR 2013 NEWS MAKES YOU HAPPY! MAKES THE WORLD HAPPIER! @ほっともっとフィールド神戸」です、これだけは心に決めている。いちばん。

 「いちばん」というよりも「とくべつ」というほうが近い。あのころの私にとって、NEWSのコンサートに行くという決断はとても大きなものだった。野外なんて暑いしいやだったし、でも、なにより行こうという決め手になったのは、シゲアキさんの髪色。アッシュ。クソアッシュ。結局いろいろあって、コンサートの内容じゃないところばかり注目されることになったコンサートツアーだったけれど、あのコンサートが野外で行われて、それを野外で見られたということを、わたしはちょっとだけ誇りに思っている。良いコンサートだった。ほんとうに。

 一公演しか入らなかったコンサートのほうが印象に残っているというのは、ちょっとだけ皮肉だけれど。それでも、あの日のコンサートに入ったから、わたしはこうして2017年もNEWSのCDを買い続けているんだろうと思う。本当に良いコンサートだった。何人でも変わらず、好きな「NEWSの楽曲」がそこにあった、うれしさ。「脱退」をセトリに持ち込まない、けれど、楽曲の持つ歴史は垣間見えるような、誰も否定しない、優しいセトリや演出だとずっと思っている。

 舞台なら「グレイト・ギャツビー」でした。原作が好きです。原作が好きな上に、ギャツビーをあんなイケメンが演じるのにどうして文句が言えるのか、という。

 自担の「いちばん」はなんだろう。毎秒可愛いから選べない。選ばないことを選んでいるのかもしれない、いつでもすき、だから「自担」なのかもしれない。いつでも好きだといいたいから。ビジュアルだけでいえば、ダントツ2014年冬ですが、というのだって所詮は戯れで、ほんとうはいつだって好きだし。どう足掻いても、惚気のようになる。いつだって可愛いと思っている。結局、自担のこと嫌いにならずに、興味を失くさずに、卒業まできてしまった。あーあ。

 

▽自担のはなしじゃないこと

 自担がいたから大学に進学したし(自担が経験していないことを自分が経験するのも良いと思った)、自担にお金を使いたいからって働こうとしている。こういう人生が褒められたものなのかわからないけれど、じゃあ普通の人はどうやって生きてるんですかね、さっぱりわからん。友人に多少呆れられながらも、受け入れられて、たのしく過ごせた4年間だった。

 好きなことを勉強して、好きな文化に触れて、好きなものにお金を使って、友人とくだらないことをはなして過ごす楽しい4年間だった。就活だって、わたしは好きな業界に就職できることになったし、これからまあ、実際に就職してからどうにか自担のことと折り合いをつけながら、どうにか楽しくやっていけたらいいな、というか、楽しくするんですけれどね。

 ごめんね青春! の成田のセリフを思い出している。「俺たち、この先進学して社会に出て何一ついい事がなかったとしても、この高3の2学期だけは「最高だった」って胸を張って言えます。本当にありがとうございました!」このセリフ。わたしだって、この大学生活だけを心の支えにして生きていく、覚悟もできている、くらい。そもそもそうだった、大学に進学したいと母親に話したとき、中学生のときに大学に進学する気があると担任に話したとき、わたしは「とりあえず大学で好きな勉強ができればそれでいい」と話したんだった。そしてその、大学生活が終わってしまった。覚悟の先に進まなくてはならない。

 でも、自担がいる。2018年に映画をする。わたしの「退屈な今日」に色を加えてくれたのも、「憂鬱な明日」に魔法をかけてくれたのも、ぜんぶ錦戸亮ちゃんだった。どうせたのしい未来だよ。

 

 

 

否定ができない/雑記

世間が2005年にタイムリープしている間に、わたしは2017年という年月に打ちのめされて、それでもここに残ろうと決意していました。お元気ですか。最近考えていることです。

 

 

否定ができない。

正しく言うのなら「現状を否定できない」。今日に至るまでの「選択」を否定できない。たくさんの可能性の中から選ばれた今日を否定できない。否定してしまうということは、自分にとって「死」と同義であるようにも思われる。肯定できないのに生きているなんて意味がない。

たとえ、現状に不満やミスがあったとしても、それはそれでいい。死ぬまでに高得点をとればいいのだから、昔より点数が低いということがなければ、それでいいのだ。逆に言えば、昔の方が点数が高いなんてことがあれば、それすなわち「死」である。生きている意味がない。そうじゃない? そうじゃないのかな。現状に不満があって昔の方が点数が高かったら、それはどこかで自分が選択を間違えてそれをいまのいままで修正できずにいるということでしょう。間違えたまま生きていくのなんて怖すぎる。

過去を否定することが怖い。現状をばっさり否定してしまえる人が怖い。いまも未来も過去も同一線上にあるんだから、否定しかない過去やいまの先に、肯定される未来が来るとは思えない。本当に本心から「今が一番」とは思えなくても、そう思って、そうあるように生きていかずにどうやって生きていけるのだろう、と思う。頭の中で仮想敵が、ずっと異様な生きざまを見せてきます。今を否定するようなことばを口に出したら、それこそ「呪い」のように、そうなってしまうのでは? 

というよくわからない恐怖に悩まされながら、学生生活最後の越冬中です。

 

 

夏の予定だけぽんと出されてしまったときには気が付かなかったけれど、(というか私には春ツアーの予定があるので気にしていなかった)(ここ数年夏の現場が夏という理由でたのしいので浮かれていた)つまり、夏まで自担ちゃんは暇なんですか? 暇って言い方は相当失礼だよなあ、といつも思う。毎週出演するわけじゃないものも含めてテレビのレギュラー番組が週3本ある人に対して「暇」とはいかがなものなのか。「当社比」とやら? オタクの身分で「当社」とは。働くのは自担であって、わたしたちじゃない。忙しくはなるけれど。

そういえば、他人の使う「盲目」のことばが気になる。大抵「盲目」は「モンペ」と同義かのように使われている。

もう‐もく〔マウ‐〕【盲目】

[名・形動]
目の見えないこと。
他のものが目に入らず、理性的な判断ができないこと。また、そのさま。「恋は盲目
デジタル大辞泉小学館

 わたしはこの「盲目」の語意のふたつめにある「他のものが目に入らず」という部分を特に気に入っていて、そのためか、「盲目」ということばは、ただ「理性的な判断ができないこと」なのではなく、「他のものが目に入ら」なくて、初めて「盲目」と呼ぶにふさわしい状態になるのだと思っている(そもそも目が見えないことを「盲目」と呼ぶのだから)。他のものが目に入っている時点で「盲目」とは呼べない、と考えている。

この「恋は盲目」という、最高にすべてを正当化してくれていることわざに敬意を払うために、わたしは「盲目」を良い意味で使いたい、「恋は盲目」の語意で使う場合には。恋以外の対象を貶めるための手段として「盲目」を使いたくない、し、使われたくない。

「盲目」だというのなら、他のものを目に入れてはいけないのだ。語義に反することになる。

ちなみに「モンペ」は

モンスター‐ペアレント

《〈和〉monster+parent》学校や教育委員会に対して理不尽な要求や苦情を繰り返す保護者をモンスター(怪物)にたとえた語。モンスターペアレンツ。モンペア。モンペ。
デジタル大辞泉小学館

 とある通りなので、「理不尽な要求や苦情を繰り返す」自覚のある方は使えばいいと思います。そもそも親ではない。ほとんどのオタクは担当を産んでいないのに、担当がオタクに産んだかのように錯覚させているんだろうか。おそろしい。

わたしは「盲目」なんだろうか、「モンペ」なんだろうか。最近はやりの「リアコ」ではないだろうし、よくわからない。

 

わたしは(わたしはというだけなのだけれど)、自担がクソ暇でも「あ~暇だな~~暇な時期ですね~」と思うくらいで、他が羨ましいと思うことはあまりない。誰が推されているとかも、こちらが推されていない、とかも。感情の欠落なのか、ゆとり政策の弊害(恩恵)なのか。「当社比(便宜上この言葉を使います)」も、まあ上記の「否定できない」に繋がるところですが、変わっていくことを肯定できないのなら生きている意味が(以下略)。

 

また、話が逸れるのだけれど、「否定できない」のなかでも、最近考えていたのが「再録・新録を否定できない」ことだった。

「BJ」とか「さくらガール」「I.ZA.NA.I.ZU.KI.」とか。ちょっとまえなら「Heavenly psycho」とか「Do you agree?」とか。どの曲も全然聴けた。普通に聴けたし、なんなら一週間くらいずっと聴いていたりする。エイトはまあ好むか好まざるかはさておき、聴けるだろうとは思っていたけれど、NEWSに関しては正直自信がなかった。自担という最も大きい存在の有無。いままでの音源には自担の声がはいっていたような曲たちが、その自担の声を排除したバージョンに変えられて収録される。オリジナルの音源も当然残るけれどわざわざ再録する必要があるのか。再生していざ聴いたときに、自担の声がしないことにショックを受けるかもしれない、とちょっとだけ考えていた。

でも、ショック、受けなかったんですよね。まったく。

4人の「さくらガール」が予想以上に良かった。クリアな音源として何度も何度も聴いているうちに、オリジナルとちょっと違うアレンジ、数年前とは違う歌の癖、コンサートで聴くよりずっと丁寧で、正直どっちのバージョンが好きか選べない。2017年もNEWSが好きで、NEWSが好きだから購入したシングルだったから、当然2017年のNEWSの歌声を否定できるわけがなかった。この「さくらガール」だから、というのが大きい、「さくらガール」なら仕方ないかな、って思わせられる。いろんなところで、いろんな人の想いを乗せて歌われてきた、大切な歌だから。たくさんのかたちがあっていいんじゃないかな。

全部を肯定するわけじゃない、けれど、「リマスターにする必要はあったのか」とはいくらか考えるけれど、たしかに全部を肯定するわけじゃないけれど、これはこれでよい、とも思う。まあだって脱退時から音源通りには歌われていないわけだしね、いまさらだよね、 妥協点? いわゆる「ご都合主義」なんだろうとは思うけれど、オタクとしてこれくらいの「物語生成」はみんなしてんじゃないかな。みんな文字にして発信すればいいのに。そうしてたくさんの「目線」から書かれる、たったひとつのアイドルという事象。たった一人しかいない「担当」 エモいね。

 

変わっていくことを恐れるようになるのが、怖い。

変わっていくことを許せなくなるようになるのが、怖い。

 

むかしはよかった、いまにくらべてむかしはよかった、なんて口にする日が来たら、と思うと怖い。やっぱり、呪いみたいだと思ってしまう。

変わっていく自担を長い目で愛せるオタクでいたい。変わっていく環境を憂いてばかりとか後ろ向きなことに、捉われたり、してしまわないだろうか。不安でいっぱいで、怖くて、でも、毎秒「好き」が確かに更新されていくので、このまま更新されていく限りはアップデートされていくんだろうと思う。感情には抗えない。

こうして頭でっかちに考えているのは大抵、自担を見ていないときだ。自担を見たときのときめきは、たしかに、たしかなものなので、怖がりながらもときめきを頼りに、この一瞬をアップデートさせていく。一瞬、一秒、一日、一年。毎秒の「可愛い」を追いかけていたらいつのまにか一年が終わっていく。過去のそういう、毎秒の「可愛い」を否定したくないから、やっぱり、わたしは否定できないままなんだろうね。

彼が死ぬときに、「まあよかったんじゃない?」と過去を全部肯定したい、きっとそういう風に思える終末を彼なら迎えてくれるんだろう、と信じている。細やかな不満なんてさしたる問題じゃないよ、数クールドラマがなくたって、ねえ。ファンが憂うことじゃない、とまでは言わないけれど、わたしが憂うようなことじゃない。かわいいまま、その美学を貫いていてください。人格者じゃないとは知っているけれど。

わたしが彼の性格を許したり(ここでも思うけれど「許す」ということばの尊大さったらないね)、わたしが同じグループの他のメンバーのいろいろを許したりするのは、他のメンバーのファンにも彼が同じように許されてほしいからだ。わたしが、錦戸亮ちゃんのことを好きな熱量と同じくらいの熱量で、他のオタクは他の人を好きでいるんだろうと思えば、ああ、と思う。他のメンバーに「興味がない」でもいいから、それがフラットであればいい、平和だ、と思う。「興味がない」から「いらない」とか切ないよね。最近とても、自担のことを許してくれているメンバーがありがたいと思うようになっている。なんでか。「人格者じゃない」と気が付いたからかもしれない。いまさらか。

 

レンジャーの破壊力がすごくて、ずっと引きずっている。自担と同じ国にしばらくいなかったからかもしれない。

同じ国で、同じ言語(しかもだいたい同じ方言)で、同じ時代に生きている奇跡を、もういっかいちゃんとかみしめたい。もしかしたら、大好きなのかもしれない。