「脱退」の泣き言を赦してほしい

ブログにもフォロワー限定公開があればいいのにね。お目汚し。

すっげえ暑いね、夏のツアーどうにか様々対策をしながら無理せず乗り切りましょうね。

楽しいのとさみしいのは全く別物で、どちらかの感情を否定しなきゃそれぞれ成り立たないものでもない。って、つくづく思う。たのしいけれど、すっごいさみしい。さみしいし、手放しで喜べる日々じゃないけれど、でもとってもたのしい。たぶんきっとそういう夏になるんだと思う。わたしの平成最後の夏。エイトもNEWSもアニバーサリーです *1

 

GR8EST初日公演の札幌公演に入ってから一週間が経って、名古屋公演のレポをツイッターで読みながら、どうしても泣けてきてしかたがなかった。どうしてこんなにいまさら、と思うほど泣けてきて、哀しくて、そうして今回めちゃくちゃ「引っ張っていく」と明言したのを体現しているかのようにたくさんの挨拶を任されていた、自担のことばをこわがっていることに気が付いた。

ツイッターのレポなんてその人の主観でしかないし、逆に言えばその主観こそが尊いものであり価値のあるものなのだけれど、声じゃない文字として、その声を聞いていない人がああだこうだと断定して理解しようとするのはとっても恐ろしいことであるのは承知の上ですので、錦戸亮ちゃんがどういう発言をしたとか、わたしがその発言に対して疑問を抱いた、とかそういうことではなく*2、ただひらすらに、こわい、とおもう。どんなことばでもこわい。すばるさんのいないコンサートに参加しているすばるさんのファンに向けたことばが、そっくりそのまま、わたしに刺さってくるような錯覚に陥っている。もう5、6年くらい経つけれど、あのとき必死にNEWSと乗り越えたと思っていた痛みに、とつぜん消毒液をぶっかけられたような感覚。気が付けば随分と前のことなのに、ふいに思い出されて、ばかみたいに全然つらかった。2018年のことばが2012年からのわたしに刺さってくる。いま、関ジャニ∞とNEWSとを比べたいわけじゃないし、それぞれの脱退を比べるつもりはひとつもないのに、どんどん自分のなかでそれぞれの脱退のつらさが混ざってきていて、時間が経つにつれ、このさみしさは、なんのさみしさなんだろう、とぼんやりしてしまう。なんだかよくわからないけれど、めちゃくちゃ苦しいなと思って考え込んでいるうちに気が付いた。ああ、たぶん、錦戸亮ちゃんが言っていること、それぜんぶ、わたしがあのとき誰かに言ってほしかったことばなんだろうね、きっと。誰かって、ほかでもないあなたに。

だから、錦戸亮ちゃんのことばを前にして、ふ、とわが身を振り返ってしまう。刺さってしまう。こいついつまで脱退引きずっているんだろうね笑うね。笑ってね。全部大好きなんだよ。

去ってゆく人がなんにも言わないように、グループを存続させていく側が、たくさん寄り添うような*3ことばを掛けてくれるから、さみしさに泣く人たちも、ときどき笑顔になれて、なんとかさみしさで潰えてしまったりしないのかもしれないなあと思った。改めて、そういう風に気遣って、支えて、引っ張っていってくれる彼らの優しさと強さを思い知った。彼らだって同じように受け入れてきたんだろう、と思えばなおさら、ファンは随分と甘やかされていると知る。

札幌公演が始まる前、飛行機が遅れたりグッズが買えなかったりでいろいろバタバタしていたのだけれど、公演前に座席に座って双眼鏡を用意しているときに、これが始まったらもう7人には会えないのか、とふいに実感してしまって、もうすばるさんはいないのか、と思って、急にたまらなくなって声を上げて泣いてしまった。本当にもう、正真正銘の「6人の関ジャニ∞」なのか、と思ったら、「戻れない」という感覚のとてつもなさに怖くなった。まだもうちょっと未練があった、いや全然めちゃくちゃ未練ならあったけど、これからさき、一瞬だって「7人」には戻れないのかと思ったときにこみ上げる異様な喪失感の対処法をわたしは、まだわからないでいる。それはこれからさき、身に付けることができるものなのだろうか。一瞬だけでも戻れるのなら、それを知っていたら、きっと泣かずにいられたんだろうけれど、時間は不可逆だからできないんでしょうね。どうしたらいいんだろう。わっかんね~~~~。

たくさんの曲たちを、殺さず生かしてくれてありがとう。いつもなんでか、立ち返るのは、そういうところだったりする。「HappyBirthday」の歌いだしの錦戸亮パートを歌いたいと立候補したことを話してくれたシゲアキさんの覚悟、なんでかいまになって身に染みて実感したりした。あのときのわたしは、ただひたすらに嬉しいだけだった。覚悟。気概。ありがとう。

 

 

ねえ錦戸亮ちゃんあなたの脱退から何回泣いても、何度泣いても、全然さみしいままなんだけれど、どうしたらいいかな。「4人のNEWS」は受け入れられても、あなたがもう二度とNEWSの曲を歌わないことにいつだって絶望しています。永遠に戻れない、過去にしかない不可逆な存在だからこそ、NEWSの錦戸亮にこれだけ焦がれるのかもしれない、と思いながら、でもやっぱりその喪失感をうまく諫める方法をわたしはまだ見つけられていないのでどうしようもないです。NEWSのコンサートにあなたの面影を見つけることが難しくなってきてしばらく経ちますが、なんでかいまだに、あ~~4人だ、と思い知って打ちのめされることがあります。これがあなたがNEWSにいた証拠であるのなら一生打ちのめされていたいけれど、4人のNEWSとの思い出が増えていく以上はそういうわけにもいかないのかな。どれだけ泣けば整理できるんだろう、錦戸亮ちゃんの懐の深さを思い知らされては惚れ直すばかりです。青春なのかな~~~。昔のことばっかり輝いているような、そんな毎日はいやだ~~と思うけれど、でも正直はっきり言って、2018年の錦戸亮ちゃんはわたしにとってこの世に生きとし生けるもののなかで一番最高の存在なので、いつだって毎秒錦戸亮ちゃんが世界一だよという気持ちです。いやまじで。わたしの好きな彼らの容姿の良さってほんとうに、ときどき暴力的でさえあるよね、どんな場面においても顔の良さが際立って仕方ない。わたしはわたしの好きな「顔」を信じますね。

「わかる」なんて絶対言わないけれど、わたしがNEWSのコンサートでときおり感じる「さみしさ」とか、なんでここにいるんだろうという我に返る瞬間とかを、これからさき、すばるさんのファンが感じるのかもしれないと思うと勝手に苦しい。大好きなグループに大好きな人がいないさみしさ、立ち直れないわけじゃないけれどまっすぐ前だけ向いては歩いていけないうしろめたさ、みんなで大事にしていけたらいいなあとおもう。そういうおぼつかなさも彼がいた証拠なんでしょう、きっと。

わたしも勝手にいつまでもときおりぐずぐず言いながら、それぞれの彼らが歩む夢の終焉まで一緒にいたい。さみしいさみしいと言いこそすれ、彼らが魅せてくれるであろうこれからを疑う気持ちはひとつもない。うれしいやらさみしいやら、よくわかりません。すきです。これからさきもネット上で度々泣き出してしまうかもしれないし、いつまで経っても泣き言を言うかもしれないけれど、「いま」を否定したいわけじゃないから、なるべく笑って許してくれるとうれしいです。

 

 

 

 ※え~い、と勢いで公開します。GR8EST BEBYは成長しませんがこのブログは変容し続けます。いつのまにか加筆修正されているかもしれません。悪しからず。

 

*1:厳密に言うと違うけれど別に厳密に言う必要もたぶんない

*2:そういう意味で言うのなら全面的に言葉に含まれた優しさ気概かわいらしさをまず肯定して賛美している。やっぱりめちゃくちゃ「可愛い」人だとおもうので

*3:錦戸亮ちゃんのあれを寄り添うというのかは知らないけれど、けれどあれだって歩み寄りでしょう)

平成最後の夏を迎えるにあたって / 「NEWS ARENA TOUR 2018 EPCOTIA」

 

 

なんでもそうだけれど、終わりがあると知りながら生きるのって当たり前だけれどなかなかつらいことですよね楽しければ楽しいほど終わるのがさみしい、ってツアーが始まる度に言っている気がする。今回も例にもれず「EPCOTIA」ツアーがもう終わってしまったことまだ上手く受け入れられずにいます。最高のツアーだった、最高のアルバムだった、最高だったよ増田さんあのシゲアキさんの二着目の衣装につけてくれた紐!!!!!!!!

「TWINKLE STAR」の良さがどんどん日を増すごとにわたしを覆い尽くしてきて、いまではもうずぶずぶです。あの衣装。あの立ち姿。あのさあどんだけ好きにさせるの!? 信じられないくらいNEWSかっこよくて、信じられないくらい信用しきってしまっている自分に笑えてくる。ずぶずぶがすぎる。もう無理じゃない? NEWSを知らずに生きていくなんて無理じゃない?

いままで見たことないくらいに、踊って、動いて、汗まみれになってもずうっと笑っているNEWSのあの笑顔見たら、わたしの信じたいものはたしかにここにあったんだなあ、としみじみ実感するしかないわけです。口で言うだけなら簡単かもしれないけれど、週末土日の三回公演。あれでも全員30歳を過ぎて、もう体力的にも誤魔化しだけではやっていけないだろうことは、つまり彼らのきちんとしたコンサートへの意気込みを証明することになるわけで。いやまあそんなことどうだってよくて、裏側に敬意はもちろんあるけれどコンサートのかたちとして見たあの光景がどれだけわたしの心を打ったか、それだけなんですが。盲目だろうが頭が沸いていようが、わたしはわたしがコンサートで感じた気持ちだけを信じて生きていくと決めているので、自担がいないことを自分がどう思うのかよくわからなくて、毎年薄まっていく自担の気配を寂しがったり一方で安心したり、「いない」こととか「かつてはいた」ことを思い知らされたり、しながら、やっぱりそれでもNEWSが好きだということをそのたびに実感させられて、どうにかこうにか、5年くらい。

シゲアキさんってあんなに屈託なくファンに笑いかける人だったんだなあ、というのがわたしの「EPCOTIA」ツアーの最大の気づき。すっごいかわいい。もうこの世界で多分一番屈託のない笑顔だった、知らなかった。わたしは全然何にも知らなくて、あんなに綺麗に踊るのも、全然知らなかった。めちゃくちゃ好きだと思った。

錦戸担なのでシゲアキさんを選ぶのは自明でしょう? という論調もわかる、わかる、とってもわかる、惹かれる要素の共通項をたしかに持ちすぎている、けれどこちらは四分の一を選んだわけじゃなくて、他の三人と並べて「錦戸担なら」と選んだわけじゃなくて、自担以外のすべてから(別に誰かを選ばなくてもいいのにそれでも)、彼を選んだんだった、それがたまたまかつて同じグループだっただけで、と、思ってはツアーの移動中泣き出しそうだった。びっくりするくらい惚れている。ツアーの感想言う気がなさそうなブログですね。ツアーに入っていないひとにはなんのことだかさっぱりの熱量しか伝わらないであろう文章が続きますので、各位判断してページを閉じてください。錦戸と加藤のユニット曲がないまま、平成が終わりそうです。

 

 わたしの敬愛する作家の小川洋子さんが、以前トークショーで「小説において愛というものはそれほど重要なテーマなのか?」という風なことを冗談交じりに話していたことがある。詳細なことは覚えていないけれど「印刷された言葉は歌に負けるのでは」と先生が話したことだけはっきりと覚えていて(胸に迫る「愛」のようなものは歌であるとかそういう身体的なもので伝えることがもっとも効果的なのではということ)、最近のシゲアキさんの見るたびにそれを思い出したりする。歌、声、肉体。シゲアキさんが活字という「静」を深めていく一方、血の通った肉体や歌声が切実に訴えかけてくるような気がしてたまらなくなる。「静」だけでなく「動」をああまで手にしたシゲアキさんの無敵さ、さいこうでしょう。打ちのめされたくなるでしょう。

「EPCOTIA」ツアーの良さ、わたしが事細かにレポしなくたって、もう充分に言いつくされているだろうし、「好き」が高ぶりすぎて正直なところあんまり覚えていないのが実情。ここがああよかったとか、ここが最高だった、とか、わざわざひとつひとつ掬い上げていく必要もないくらい、すっごいよかった。本当によかった。「よかった」と言うだけで察してほしいくらいの「良さ」だった。はやくDVDで観たい。きっともっと良い光景が見られる気がする。

ただひとつだけ言うなら、アンコールは叫ばせて、手放せないペンライトを持たせておいて手を繋がせないで、あなたたちに直接訴えかけられないレスを求めないで。ひとつじゃなかった。でもこれくらい。魅せるばっかりじゃない、一方通行じゃない、でももっとしっくりくる方法が見つかればいいなあと思う。

ツアー期間中にぽろぽろいろんな仕事の情報が解禁されていくなか、肝心の彼らによる15周年イベントにあたるものがなかなか発表されず、あらゆる会場のスケジュールを検索しては可能性を探したりしていたけれど、オーラス昼公演で、15周年コンサートの開催を知ったとき本当にうれしかったなあ、といまだに惚けてしまう。エモエモのエモ、彼らの15周年という長さがもたらすような楽曲のエモさを徹底的に排除して、世界観の構築に臨んだ「EPCOTIA」があまりにも良すぎたせいで、ステージ上でセトリどうしようかなどと話すNEWSを見ながら何度目だろうかああ自担がいないなあと気が付いて、いまのNEWSが好きな気持ちとかつてはここにいた好きな人を惜しんでしまう気持ちとでぐちゃぐちゃだった。15周年。自担がいたのは何年なんだろうか。たった数年。10周年からたった5年。ものすごく、ただひたすらに、味の素スタジアムが楽しみです。NEWSちゃん、絶対に来てね、というからには呼んでください。たのむね。

 

身体ひとつ、あれば、なんでも。とおもう。ああまで楽器を持たないグループもいまどき珍しいんじゃないの、とときどきおもう。本当はちゃんと感想言いたいけれど、なんでかポエムしか生成されないのが悔しいのでポエムだけ生成してみている。楽しくて楽しくて、そうしてメンバーのことが可愛くて可愛くて仕方ない!みたいな立ち振る舞いをするNEWSのみなさんのそれが、たとえ幻影だったとしても幻影として存在していることにたぶん感謝するレベル。ちょーかわいいんだもんだって。えへへ。ほんとにかわいい。あほみたいにかっこいい演出ばりばり演出かとおもいきや、きゃっきゃかわいいカメラ独占芸チャンカパーナ見せられてどうせえっちゅうねん。えーんかわいい。「NEWSは完全に無重力状態です」を増田貴久が言うのだって最強におしゃれでしょう。

「メガロマニア」でシゲアキさんが急に不敵に笑って踊るの、めちゃくちゃよくなかったですか。「EROTICA」の寡黙な感じもめちゃくちゃよかったし正直めちゃくちゃ好みだったけど、「メガロマニア」にはとくに度肝を抜かれた。あとは「TWINKLE STAR」の肩! と友人に言われていたのに全然分からなくて、次の公演で「これか!」となったあの肩の動きとか、「AVALON」で桜を拾って吹く仕草のオシャレ野郎感に絶叫したのとか(大阪5日公演ではラストの挨拶でキャップを無駄にオシャレに取って挨拶していて絶叫した)、「U R not alone」で全力で歌い上げる姿とか、見ようと思っているわけでもないのにシゲアキさんから目が離せなくて、他のメンバー全然見られなかったのが心残り。ときどき視界に入るてごにゃがどえらい可愛い顔で笑ってて思わず「えっ!?」となったり、増田さんがこの世のすべてを慈しむかのような笑顔でこちら側に手を振ってきたり、小山さんに関してはソロで脱ぎ過ぎるのをもっと出し惜しめよ!!!なんであんなに脱ぎ散らかすねん!!!!!!と勝手にブチ切れたり誕生日の小山さんのことは忘れられないなあと思ったり(「誕生日ずらせば?」発言ちょー愛でたい)、もっと見られればと思うところはたしかにあるんだけれど、まあしょうがないね。焦点ひとつしかあわないし。

あとは、キャパの問題で年々厳しくなっていっているなか、知り合った年下の友人にコンサートにお誘いいただいて初めての会場に連れて行ってもらったりした、ありがたいなあとおもうし、うれしいなあとおもうけれど、やっぱりなによりたのしかった。うーん、たのしかったに尽きる。来年こそは京セラドームを埋めるNEWSが見たいね。全然知らない地方都市から各地に行くのわりと大変だったし金銭的にも負担は大きかったけれど、今後の人生を思うと慣れていかなきゃなあと思う、ので、がんばります。夏。夏まで。

 

 

「平成最後の夏」なんですってね。

すばるさんがいなくなって、NEWSが15周年を迎えて。そうかあ、平成も終わるようにいつだってどんな時代だって終わっていくんだもんな、と思えば、なんだか心が凪ぐ。ような気もするし絶望するような気もする。いつまでと我ながら馬鹿みたいに思うけれど、自担の脱退のことまだまだ思って泣き出したくなる日もある。音が一つ減ったり、するのを自担が実感するように、自担の声がしないなあと思ってしまう曲がある。「時間が解決する」というのはやっぱり正しくない、正しくは「これからの経験が解決してくれる」だし「解決しなくても生きていけるように心が整えられていく」だとおもう。かつての感傷を閉じ込めている分厚い蓋があってそれを完全に開けられるほど、いまのわたしには体力がなくて、それはたしかに時間のせいかもしれない。けれど、それは「解決」じゃない。でも、でもたしかに、たのしい。心の奥底に潜んでいる感傷を気遣いながら、交わらない世界線に絶望しながら諦めながら、それでも、わたしの好きな人たちがそれぞれ頑張ってそれぞれに仕事をして生きているのを知っているのがうれしい。同じ時代に生きている。わたしはそれを知っている。わたしの平成が終わるのなら彼らの平成も終わる。そうしていつか新しい年号にすっかり馴染んでしまったころ、平成最後の夏を思い出すことがあればわたしはなにを思うんだろうな。

それはともかくラストフレンズから10年ってやばくない? 

 

 

【追記】

お題「NEWS ARENA TOUR 2018 「EPCOTIA」宇宙旅行記」

素敵なお題があったので参加させていただくことにする。

あわせて最近読んだ小川洋子「口笛の上手な白雪姫」という短編集に収録されている「一つの歌を分け合う」という短編がめちゃくちゃ自分に刺さったのでどうしても言及したくなった。ので、追記として書きます。

レ・ミゼラブル」という舞台をテーマにした作品で、ざっくり説明すると、主人公の伯母が息子を亡くした悲しみを人知れずずっと抱えたままでいるうちに「レ・ミゼラブル」の主演役者のことを息子と思いこむようになり、主人公は息子(主演役者)の姿を観に行く伯母に連れられ、共に舞台を観劇することになる、というおはなし。伯母の姿を自分と重ねた、というと陳腐だけれど、陳腐なのだけれど読んでいてたまらなかった。

伯母は役者のことを息子だと思って見ているけれど、実際はもちろんそうではなく、けれど、それを誰かに咎められることもない。舞台のこちら側とあちら側。あちら側にも物語があり、こちら側にも物語がある。それらはけして交わったりしない、けれど、ときどきかすかに交じり合うときがある。

ここ数年ずっと「同じ星」という言葉の持つ解釈に悩まされてきた。もしかして、あちら側が「同じ星」を観るとき、こちらは「一つの歌を分け合」っていたのかもしれない、と思ってみたら、なんだか急に、わたしだけではないたくさんいるこちら側のひとたちの心境をさまざま考えてしまって胸がいっぱいになった。抱えている感情や事情、あちら側に向ける感情、なにからなにまでひとつずつそれぞれ違っているのかもしれないけれど、あの空間にいたとき、たしかにわたしたちは同じ一つの歌を分け合っていたんだろう。きっと。

 

 

 

 

 

 

出会いの季節別れの季節

 


お元気でいらっしゃいますか。
こちらは宇宙旅行の順番待ちです。

社会人になってようやく一年が経ちました。早いですね。春です。
自分の仕事のはなしと、わたしが大好きな人の仕事のはなしをします。

 

▽「脱退」のはなし
いくつかの報道で彼らが「脱退」という言葉を使わなかったとありましたが、どうしたって「脱退」です。文字列を打ち込みながら泣き出しそうです。「脱退」。わたしが、いわゆるファンとして(傍観者とも当事者ともつかない立場で)それを経験するのは二度目でした。2011年のあの自担の脱退以来。比べたいわけでも比べられると思っているわけでもないけれど、どうしたって脳裏にはあの日のこと、あの日からのことが過ぎるわけでつらいね。
木曜日の晩、週刊誌の報道を知って、うそだろうと否定をするのは容易かったけれど、どうしてもできなかった。週刊誌の語る理由自体はともかく、可能性がないなんてこと、絶対に断言できるかって考えたらできなかった。そうじゃなかったらいい、日が経って、そういやあれしょーもないデマだったな、とこっそり胸をなで下ろすくらいがいちばんいい、と思ったのに、思ったのになあ、できなかったなあ。心のどこかで週刊誌の言うことが事実かもしれないって怯えながら、それでもやっぱりデマだと思ってた、思いたかった。

でも、いつか、こういう日が来ることは知っていた。知っていた、知らないわけなかった。みんなだってそうでしょう。
こういう、関ジャニ∞が7人から減ってしまう日が来ることを、それが何年先なのかどういう事情によってなのかは想像できなくても、それでも確かに来るということだけはちゃんとわたしだって知っていた。だって、あのひとたちだっていつかは死ぬんだぜ。親も推しも、自分も、兄弟も、いつかは死ぬんだぜ。人間の寿命と、アイドルグループの寿命ならきっと(というかどう考えても)、アイドルグループの寿命のほうが短いわけで、それはもうこの世の理じゃないですか。だから、わたしはちゃんと知っていたんですよ。いつか関ジャニ∞が離別を経験することになるって。
それがまさか、こんなにすぐで、こんなかたちとはおもわなかったけれど。

ふざけんなよっておもう、やっぱり。多分ずっと思うと思う。
そういう決断のこともそうだし、関ジャニ∞の嫌いじゃないくせに大事なくせにその事実をファンに知らしめた上で出ていくこととか、引き止められなかった関ジャニ∞のメンバーが最終的には背中を押すしかなかったこととか、だってどう考えても尊重するやんあのひとらならそれを知らないおまえじゃないだろうすばるさん、全部自分たちの言葉で話してだからこそまだ受け入れきれてないメンバーの顔をメディアに晒すはめになったこととか、彼らがいままでやってきた「関ジャニ∞」でいるための努力とか表に出てきていない存続の葛藤とか、関ジャニ∞でいるために諦めたこととか、なんかもう、いろいろ。いままで散々言及した、「関ジャニ∞の将来」とか年を取ったあとのはなしとか、全部うそにされたのがかなしい。はっきりと言うけれど、裏切りですよね。別に全然裏切ってもらっていいけど。だって、悪くない、すばるさん全然悪くない、知っているよそれは。けれど、わたしはこの脱退を、責任をもって「裏切り」と呼ぶ、でも錦戸亮ちゃんは「門出」と呼べばいいし、錦戸亮ちゃんが「門出」と呼ぶ以上は「裏切り」ですらないんだとおもう、ので。
怒る気持ちはひとつもないのに、でもやっぱり、ふざけんなっておもう。ほんとうは、めちゃくちゃさみしくて、ひたすら寂しくて、ずっと一緒にいてほしかった、ただそれだけなのかもしれない。さみしい。

でもね、わたしの大好きな人から、共に歩んでいく大好きなメンバーをひとり奪ったこと、ぜったいに許さないよ。

 

個人的には定期的に浮上する話題だったんじゃないかとおもう、そのたびに説き伏せて、なだめすかしてここまでやってきたのかもしれない、そういう気配はするけれど、そういう気配さえさせなかった、「ずっと」のむずかしさ、きっとわたしたち以上に彼らが知っていて、それでもここまでやってきたんだろう、とおもえば、これからだって願わずにはいられない。「関ジャニ∞」が続く限り、続く限りでいいから、わたしたちに楽しい景色を見せてほしい。たのしい時間を共有させてほしい、楽屋とか、全部とはいわないから。

 

▽「脱退」ということのはなし

「自分の経験した脱退で他人の脱退を語るな」を自戒のために掲げていたけれど、ちょっとだけ「自分の経験した脱退」で今回の脱退のはなしをさせてください。「自分の経験した脱退」に対してどういうスタンスでいるかを決められるのは自分だけなので、他人の意見を受け入れる必要はないことだけ肝に銘じてほしい。同様にわたしのブログに対してもよろしくおねがいします。
ところで、あのときも4月だったそうです。すばるさんが脱退の意思があることを最初に伝えた2月15日は、加藤さんが事務所の人のすすめで処女作「ピンクとグレー」の執筆を開始した日でした。あのとき、出ていった側の錦戸亮ちゃんが誰かを見送ることになって、「門出」と言う。あのとき見送った側の加藤シゲアキは、会議室から出ていくふたりの背中を一生忘れない、と言う。

いろんなことが過ぎって、過ぎっていくけれど言葉にするにはさいきんいろいろとサボり過ぎていたので、どうにもいかない、たくさん泣いて泣いて、ああ、引き止めることが叶わないつらさをどうしてわたしの好きな人たちは知ってしまったんだろうと嘆くしかできない。加藤シゲアキにとっての錦戸亮錦戸亮にとっての渋谷すばる。憧れ。くやしいなあ。と、言葉にできて、これくらい。

錦戸亮ちゃんのもとから人が去る、ということだけを考えてもとてもつらい、しかもそれがオタクに知れるところだから避けようがない。さみしい、さみしくさせないでくれ。

いろんなことを思うけれど、きっと「6人」の姿を見ていくうちにいろんな感情が変化していくんだろうと思う。わたしは、それを少しだけ楽しみにしている。たとえ、今日感じていることと全然違うことを思うようになったとしても、その都度その都度自分がきちんと感じたものなら、こわくない。未来も。

関ジャニ∞も、NEWSも、その物語を終えて閉じられていくとき、それがどんな終わりであれ、それを見届けて、わたしは自分のファンとしての人生を閉じたい。

 

 

▽自分の仕事のはなし

簡潔に言うと転勤で実家に帰れなくて4月の初めからほとんど毎日泣いている。に加えてなんかすばるさんがジャニーズ事務所辞めますとかいうので、涙腺が死んでいる。入社時と二年目のタイミングでそれぞれ配属が知らされるんですが、初年度は東海、今年度は伏せるけれど地方都市。共に実家から公共交通機関で2.3時間。そんなに遠くはない、けれども、通える距離じゃない。辞令が出て、しばらく経ってからじわじわと悲しみが押し寄せて、昼休憩ずっと泣いていた。親や職場の先輩に執拗に慰められて、余計に悲しかった。実家でもなく、ここでもないところへ行くのかと思うと、心が塞いで仕方なかった。夜通し泣いて、泣けてきて、自分でも思っていた以上にどれだけ実家に帰りたかったのか、思い知ったようだった。

あのね、ほんとうに実家に帰りたいの。社会人になってみてかえって「自立」の必要性を疑うようになった。「親孝行」と「自立」の境界線ってたぶんひどくあやふやで、実家に顔を見せるのが「親孝行」と言ったりするじゃないですか、じゃあ住めばよくない? 住んだら「自立」じゃなくなるからだめなの? なんだそれ。「孫の顔を見せるのが親孝行」と言われても、赤の他人に言われれば、ああ時代錯誤ですね、で内心唾を吐いて終えられるけれど、親に言われれば、わかりました検討します、となる。親が望むなら、転勤の可能性がある仕事、選ばなかったかもしれない。まあ最終受けるときには受かればここに就職すると決めていたので、内定出た後に「この業界で就活していました、ここに就職しようと思っています」と報告したけれど。あーーーかえりたいなーーーーーーーどこやねんここ、何県ですか? 大阪府ですか!? 違うんですか!? まじかよ! 仕事はクソなんですが、実家から通えるのならクソでも頑張れる、と思っていたから、実家から通えないとなると頑張れないですよね。ふつう。薄々もう帰れないかもしれないなあ、とも感じていて、えっもう帰れないって永遠ってこと? わたしがずっとこの会社で働いている限り? お母ちゃんのご飯毎日毎日食べれる生活がもう過ごせないってこと? きちんと家を出る覚悟をしなかった分しんどくて、実家出なくても就職できるような仕事たくさんあるのわかっていて、でも、いまの仕事辞めれるかって言われるとまだこの会社でこの業界の行く末を見届けていたくて、結局そういうのばっかりやん、っておもうわけです。仕事はくそです。くそだし泡のようだし理解もあんまり得られないし、でも、それ以上の果てしなさがある。でもやっぱりくそなんですよね、会社も、仕事も。だから、くそじゃない仕事をするために決断するさまざまなひとのことを、わたしは、尊敬する、だってそういうひとは仕事をくそとか言わないでしょう、すごすぎる。仕事のためにあらゆる決断ができるひとの覚悟を、それがどんな仕事のひとであれ、敬意を払うし、憧れる、でもわたしはそっち側にはいけない、し、何度生まれ変わってもいかないんだろうとおもう。仕事のために生きれないか弱いオタクは、オタクであるがゆえにときどき生きにくさに殺されそうになりながら、それでもオタクだから働くわけですよ。実家は京セラドームまで500円。現状最寄りのドームまで1万円とちょっと。オタクとして生きるために仕事をしているはずなのに働くことへの興味を求めようとしたらオタクとしての生きやすさから離れていく二年目。

わたしでさえ、家族という共同体からやりたい(ような気がするから選んだ)仕事のためにぬけたくもないのに半分抜け出してしまっているんだから、こんなに帰りたいのだから、と思うと、さみしい気持ちが増幅する。めちゃくちゃ良くしてもらった転勤前の職場でありとあらゆる人に「がんばって」「とにかく頑張ればいいことあるから」と励まされてしまったので、友達もいないような土地でも頑張らないわけにはいかないんですよね。

 

札幌? 行きますよ。

そのまえに宇宙にちょっと用事が。

 

 

 

錦戸亮主演「羊の木」/ぼんやりとした感想ネタバレあります

情報解禁日から一年半、完成披露試写会で観てから一ヵ月半、ついに劇場で「羊の木」を観ました。

「2018年公開」という果てしなく遠い未来のようだった映画公開の日が、ついに訪れて、当時よりいまだに変わらない熱量で錦戸亮のオタクをしている自分に呆れたり感慨深くなったり胸をなで下ろしたり、さまざまです。どんどん「好き」が増していくばかりで恐ろしい2018年です。

12月に行われた完成披露試写会で司会進行の女性が、舞台挨拶終了後、上映が始まるまえに一言挨拶してくださったなかでおっしゃった「この映画の意味がわかるのが3年後か、5年後かはわかりませんが…」という一言の意味を、わたしは映画を観終えた後に思い知ったのでした。この映画の解釈について答えを出せないまま長い間考え続けるに違いないけれど、それはきっと将来何かのタイミングであっさり解決されてしまうんだろうという予感。わからないと頭を悩ませていればいつの日か、「あ、こういうことだったんだ」と悟る日が来るのだろうという気配。「羊の木」にはそういう気配がある。

 

以下ネタバレを含みます、自分のメモのような感じです

まともな感想ブログだと思ったら痛い目を見ます

 

 

▽完成披露試写会

12月13日の完成披露試写会は、上映前に舞台挨拶がありました。今思い返せば、初めて一般のお客さんが観る、ということ、上映前に舞台挨拶があったということ、どちらも結構映画を観るこちら側の心境に影響を及ぼしてたんじゃないのかなって。錦戸亮ちゃんがのちのインタビューで何度も語った「全然笑うようなシーンじゃないのに笑い声が上がったシーン」、とか、多分観る側の心が開いていたからでは? 上映前の役者さんのコメントの時点で、もうすでに彼のことを赦してしまっていたんだろうと思う、わたしは。わたしは全然笑えなかったけれど(顔がめちゃくちゃ良いとは思ったし、そういう意味で悶えた人も一定数いたと思う)。だって酔っぱらってあんなに乱暴になる人だとは知らなかったし。

舞台挨拶の雰囲気めちゃくちゃ和やかだったんですけれど、時折つまずくんですよね。「衝撃」という言葉に影響されないでほしい、というコメントだったり、「おかしみがある」という監督の言葉だったり、そういう柔和なコメントの一方、あの役は自分のことだと思った、というようなぐっさり刺さるコメントもあったりして。それでも和やかだったんです、ファンクラブで当選した人間はいつも通り盛り上げてくれと指示も受けましたし。

どのあたりからだっただろう、「どちらから?」「新幹線で来ました」の噛み合わない会話や、宮腰が「小躍り」するシーン、月末が父親に「まずい」と言われるシーンで上がっていた笑い声が、すっかり止んでしまったのは。不穏な気配のなかでも笑っていた気丈さが、ついに見えなくなっていくあの会場の雰囲気は独特で、きっと初見の人が醸し出す緊張感が周りに伝播していったんだろうとおもう。喉の奥がひりひりして、たまらなくて、こわくて(これが「こわい」という感情なのかもわからなかったけれど)、観終えたあと、何も言えなかった。もう二度は観られないかもしれない、とも思った。明るくなった会場から言葉数少なに出ていく観客のあの何とも言えない疲労感と、「なんだったんだろうな」と心のなかで唱えていたあの日を思い出します。

 

 ▽「DEATH IS NOT THE END」

「死は終わりではない」ってどの「死」のことを指しているんだろう。「殺人者の歌」というアルバムに収録されているらしいけれど、これを歌っているのが殺人者であるのなら、新住民の彼らであるのなら、その「死」は、彼らが殺めてしまった人々の「死」ということになる。でも、本編で最後に「死」ぬのは、宮腰だ。

宮腰にとって「死」は救いだったんだろうか、とずっと考えています。「死は終わりではない」と歌われるのだから、死んだところで宮腰にとっての苦悩は続くのではないのか、とか、じゃあ、「死」は救いではなかったんじゃないか、とか。輪廻ってそういうものじゃなかったっけ。けれどそれでは、あまりにも報われない。

でも、そもそも殺しておいて「死は終わりではない」なんて、そんなのおまえの理屈なだけだろ、みたいなことも頭を過ぎったりして。(杉山は「死んだら終わりだ」と言いそうですね)でも、多分きっとそういうことじゃないんだろうなあとは思う。殺してしまったけれど「死は終わりではない」、そう歌うのは、主張や言い訳じゃなくてきっと祈りなのだろう。暴力を振るう恋人を殺した栗本が埋めた死骸から芽が出る。二尾の魚を購入して一尾だけを食べ、もう一尾は土に埋める栗本の行為が、わたしには死んだ恋人に捧げた供物に見えた。「死骸」はそれ自体を埋めて弔ったのだと思うのだけれど、あの魚だけは恋人への弔いだったのだろうと思っている。「さよならじゃない」、生まれ変わってまた新たな命へと育っていく。殺しても殺したという事実から逃れられはしない。弔いの先の希望。映画を観てからしばらく経ってようやく、宮腰にとって自分自身もそうだったのかもしれない、と気が付いた。

 

▽月末さん

月末さんの顔が最高に良い。そりゃあ顔が錦戸亮なのだから当然、映画だってもちろん真剣に見ていました、見ていましたよ、でも顔に惚れている人間なので顔のことだって言わせてほしい。カミソリのシーン。宮腰と同じ部屋で眠ってしまうシーン。無駄に顔が良い運転中の横顔のシーン。パトカーを追って港まで来たあのシーン。あれぜんぶ2016年の錦戸亮の顔です。たまらんね。前髪分けている公務員スタイルに慣らされたかと思えば急にベースを前髪下ろして弾くんだからもうさあ、しんどいよ。しんどい。「自分、顔が錦戸亮なのわかってる!?」と月末さんに詰め寄りたくなった。ベース弾いてるとき文の方を見る目に熱が籠ってるのとか、須藤に文と宮腰が付き合っていることを暴露されたときの顔とか、バンド終わりにコードを後ろ足で蹴り上げるのとか、普通にもう好きしかない。映画の内容の濃さに没入するような心地もあれば、時折「そうはいっても顔が!!!」みたいな我に返る瞬間があって非常に感情がいそがしい。

 

 

▽宮腰と月末

宮腰のセリフで一番印象的なものが「のろろ様、怒ってるんですかね」と囁くあのセリフだった。どことなく、のろろ様が怒るのは当然、自分が怒らせるようなことをしてしまった(してしまうに違いない?)、とでも言いたげな風に感じて、宮腰の底知れなさにこわくなった。

終盤の宮腰に対して、クリーニング屋での「人が肌で感じることはだいたい正しい」という言葉を思い出したりしたけれど、文が宮腰に触れられたのをやんわり拒絶したときになにかを肌で感じたのだろうと想像がつく。人を殺した気配とか、そういうもの、たとえば、「どうせ死刑」みたいな諦めとか。そういうのを月末はいつ感じ取ったのだろう。少年院に入っていたと知ったのに、同じ部屋で眠るの、って、どういうことなんだろう。あのあたり本当に心臓がひりひりしてたまらない。宮腰の「好きだって知ってたら付き合わなかった」「ずっとまえから月末くんと一緒にいるみたいだ」とか、ベースじゃなくてギターを始めるところ、なんだか宮腰の月末への執着のように見えたりして。

「それ、友達として聞いてる?」

わたしは、月末が文に、宮腰が刑務所にいたと暴露してしまったあと我に返って「だれにも言わないで」と懇願するところは、友達としてじゃなくて市役所に勤める人間としての発言だったと思っている。けれど、そのあとすぐに宮腰に電話をして謝罪をする、あれはやっぱり月末が宮腰に言った通り、「友達として」だったんじゃないかな。たとえ、月末があのときに初めて宮腰のことを「友達」と認識したのだとしても、それまでの「友達」という言葉を否定できるような空気じゃなかったとしても、あのとき友達だと答えてしまったのだからもうそこからはきっと友達だった。人を殺したことのある友達。

宮腰はどうして人を殺すんだろう。「正当防衛」なんだろうか。行き過ぎた正当防衛。自分のことを脅かす存在への恐怖が衝動なのだろうか。文のことを本当に殺そうとしたのか。

そうして宮腰のことをどんどん考えていくと、宮腰にとって月末はなんだったのか、ということを考えないわけにはいかなくなる。なんだったんだろう。「どうせ死刑」の裏側に「どうしたって月末のようにはなれない」という絶望があったのではないか。「人殺しだよ、今までも、昨日も今日も、そしてこれからも」ちゃんと分かっていて、それでも乗り越えられない絶望。絶望のまんなかにいた宮腰にとって月末はなんだったんだろう、救いだったんだろうか、希望だったんだろうか、可能性だったんだろうか、それとも、トドメだったんだろうか。もしかすると、そんなに大層なものではなくて、ささいなきっかけのひとつにすぎないのかもしれないけれど。

正直、宮腰と月末の完成しなかった関係性にロマンを抱いてしまっていて、そのあまりの哀しさに打ちのめされたままで、まだまだ解釈がおいついていない。けれど、宮腰が「死」を選んだことにきっと月末は関係しているだろうから、と思うと頭を抱えてしまいそうになる。しんど~~~~~~~~。オタクとしてのわたしが悶え苦しんでいるので答えを出すのはもうちょっと先にしたい。

 

▽「羊の木」という理

↑フォロワー限定公開だったのでこちらに→*1

ひとつ大きな自然として「羊の木」があって他の受刑者は、その理のなかで更生するのだけれど、宮腰だけはその理から外れて、放り出されたんじゃないか、と自分のなかで思ったりもしていて、うまく言えないし、解釈として歪だとも理解してはいるけれど。殺されることに意味はないから殺された人も理に自然と組み込まれていくなかで、宮腰はその大きな流れから振り落とされた感じ。のろろ様みたいな大きい存在によって。宮腰は、のろろ様みたいなものに怒られたかったのかもなあ。

と考えながらも、エンドロールが上から下に流れていくのを見て、二人だって崖から落ちたのだし、光も空から地上に差し込むわけだし、どうなんだろうなあとぼんやり想像してみたりもします。

と、お察しの通り適当な言葉を並べながら統合性なんて気にせず仮説だけどんどん立てては、結局宮腰のことばっかり考えている。あんだけ何にも考えずに人を殺したくせに、ずるいね。

 

 ▽さいごに

思うまま感想を書いていったら、自分のなかで思ったよりまとまっていないことに気が付いたので(書けば考えも整理されるかなとおもった)、とりあえずもう一度観に行ってから考えようと思います。思いがけない人から一緒に見に行こうとお誘いいただいたり、友人から観に行ったよと連絡もらったり、たくさんの様々なひとが興味を示している映画なんだなーと実感して、オタクとしては大変うれしい。錦戸亮ちゃんの演じる「普通」が醸し出す良さを、ここまで映画のなかで大切にしてもらえるとは思ってもいなかったし、監督にも評価してもらえていて、たまらなくうれしい、ほんとうにうれしい、と噛みしめてしまう。ずっと、こういう映画らしい映画に出てほしかったし、ましてや主演だし、いままでの仕事を観てのオファーだって知って、なんだか勝手に報われたような気になった。にしたって2016年にこんな映画撮っておいて、しれっと「足を運んでください」とか「いったん忘れてもらって」とかやってた錦戸亮ちゃんほんっとにいい加減にしてほしい、爆弾抱えすぎやろ、もう。挙句、「羊の木」撮影期間中に「Tokyoholic」つくってたって、錦戸亮という人間の底知れなさに思わず笑ってしまう。天才かな???? 知ってたけど!!

錦戸亮ちゃんが出ていなかったらもしかしたら観ていなかったかもしれないような作品のまんなかに、主演として錦戸亮がいるのがめちゃくちゃ嬉しいの、分かってもらえますか。

前売り消費しながら毎回ちゃんと考えたいなあと思う。パンフもまだちゃんと読めてないので読むぞ~~、と思いながら、こうしていろんなひとの「羊の木」に対する考察解釈感想に触れながら自分と違う見方を受け入れていくことが、もしかしたら、いちばん大切なことなのかもしれない、と考えてみたりしています。

こうしてオタクみんなでうんうん唸るような映画を、わたしたちに見せてくれてありがとう。という気持ちでいまはいっぱいです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:宮腰があの「羊の木」という理から逸脱しているとする捉え方だったけれど逸脱していないと捉える見方もあったことを

『玉城ティナは夢想する』/「かわいい」を集めて生きる

 

 

しばらく調子の悪かったWi-Fiがようやく繋がって、そういえばブログでも書いてみようかと思って書きます。地獄のような夏もおわったかとおもえば地獄のような寒さに震えるようになって、会社にもなんとか慣れてきてでも別に仕事ができるわけでもないからよくわからないままひたすら働いて、でもやっぱりあるとき目が覚めて「あっ今日は休みにする日だな」ともう一度目を閉じるような平日が迎えられないストレスにじわじわと心を殺されていくような心地がしている、このごろ。

 

大学生のころは全然そんなことなかったのに、会社で過ごす時間の長さのなかで自分のためにモチベーションを上げていく方法が、毎日同じクオリティで化粧をすることくらいしか見つけられていない。化粧したまま寝落ちることだって学生時代なら何度もしたのに、社会人になってから一度もしていない、次の日がこわい、『明日の朝が怖い』ってこれか、と思い知ったりしている。とはいえ、学生時代から顔が変わるわけでもない。規則正しい生活になって(ならざるをえなかったのはストレスの原因なのだけれど)、心なしか肌の調子がよい。睡眠の時間帯がどれほど大切だったのか今更ながらに知る。規則正しい生活をしようね。

 

ところで、ちゃんと化粧をするようになってから、可愛い女の子の写真を見るのが好きになりました。わたし自身は思春期に「かわいい」から遠ざかりたいと必死になっていたタイプだったので、いまこんなに素直に「可愛い」を受信できるようになっていて驚いたりする、かつてのわたしはもったいないことをしたのかもしれない。モデルなら玉城ティナが格別好きです。玉城ティナ。雑誌なら「ViVi」が好き。この年になってようやく素直に「可愛い」と思えるものがあるのかもしれない。結局、自分のおもう「かわいい」を体現したり集めて観賞用にしたりしてくれる人が自分以外にいないんだって、気が付くのかもしれない。わたしのおもう「可愛い」ナンバーワンは錦戸亮です。

思春期に拗らせていたのとは別の理由でファッション誌は買いづらい。なんでかっていうと週刊のテレビ雑誌を実質タダみたいな、水を買うような気持ちで買いすぎているから。そんな人間にとってファッション誌は重みが違う、一ヶ月の「ファッション」を担う雑誌の重みはすごい。ドル誌は顔の種類がたくさんあるので実質タダ。服は高い。

ファッション誌を読むといつもなんだかちょっとだけ気後れする。わたしはどうあがいても、ああはなれない、ああはなれないんだって思い知る。だって、無理じゃん。思春期拗らせる理由はだいたい容姿に原因があるし、そのうえオタクだし、高い服みたらすぐチケット代に換算するし、チケット代に換算するくせにチケット代が入用なときほど服が欲しくなるし逆に言えばどんな服を買っても着ていく現場がなけりゃ意味ないし。結局現場行ったら自分の身なりなんてどうでもよくなるし。服と現場、どっちが先かって、現場なんですよ。服を着るために生きていますよみたいな顔して笑えねえ、自分のモチベーションあげるために服を着るのはオタクもそうなのだけれど、トレンドカラーなんて結局メンカラには勝てない。勝てないんだよ。

そんなこんなで、なにより、ときめきを糧に生きているわけなので、気後れするけれど自分とは関係ない世界だと割り切って見る可愛い女の子だってダイスキです。服は高いけれど、雑誌は1000円札1枚出せばおつりが返ってくるんだもんな良心的な価格設定とおもえばめちゃくちゃ安い! あ~~関ジャニ∞が載ってくれたら「ViVi」毎月買えるのに、山下のファンはこれを毎月買えるんだもんな~~、と、思ってはギリギリしています。*1

というか、ファッション誌に推し(便宜上ここでは「推し」と使いますが厳密には推しではない)を撮ってもらうのが嫌いな人間がいるのか。死ぬほど眺めて崇めてる。普段レギュラー番組の衣装じゃ到底着てくれないようなシュッとした服! 女子の好み詰め込みまくり!  彼氏み溢れる姿にほれぼれしますね。*2

 

改めて言うけれど、玉城ティナちゃんの顔が好きです、最高にかわいい、「憧れる」、でもそれって、アイドルのそれとは違うんじゃないかなって思う。わたしはたとえ男に生まれ変わったとしても推しにはなりたくないけれど、生まれ変わらずとも玉城ティナにはなりたい。あの顔、あの可憐さ、あんだけ可愛かったら、と思わずにはいられないじゃないですか。*3

 

そんな玉城ティナちゃんが20歳になったそうで。若さに慄きつつも、まあ、わたしにだって20歳の時代があったのだし、まあそうかしょうがないよなと自分を納得させています。 20歳のときこんなに可愛くいられたら、どんなにか、と思わずにはいられない。のだけれど、このショートムービーがすごすぎて、夜な夜な再生しては祈るような気持になる。

 


玉城ティナ主演・山戸結希監督作品『玉城ティナは夢想する』

 

アイドルとして生きる人間のことはたくさん考えてきたけれど、ああ、そうか、モデルとはこういう職業なのか、と初めて考えたような気がする。たまらなくなった。すごすぎて笑えてくる。玉城ティナちゃんがモデルという職業なのかは知らないけれど。

アイドルが背負う希望や夢は「こうなってほしい」、モデルが背負う希望や夢は「こうなりたい」なのかもしれないね。わたしたちの「憧れ」の行きつく先に違いがあったんだろうか。でも、わたしだって本当に一度でも「推し」になりたいと思ったことがない、とは断言できない。

 

さいきん、「自担」の錦戸亮さんが、主演する映画「羊の木」の監督に「天才的な普通の人」だと称されたりすることもあって、「普通」とはなんだろうかとずっと考えていた。B'zの曲のなかに「人間なんて誰だって とてもふつうで 出会いはどれだって 特別だろう」という歌詞があるのだけれど、わたしはこの詞がとても好きで、いつだって泣き出したくなるくらいの勇気をもらっている。わたしはわたしにできることをするだけだ、どんなに面白くなくてもそれしか「特別」を持ちえないだと目を逸らさない勇気。でも、そんなわたしの「特別」と、キラキラした世界に住まう人たちの「特別」とは、もしかしたら本質は一緒なのかもしれない。そう考えると、安堵する、わけじゃなくてむしろ、なんでか怖くなる。たしかに「人間なんて誰だって とてもふつう」なのかもしれないけれど、そうはいっても、「特別」がいざなう世界はそれぞれ違う、わたしが「特別」と思って胸を熱くさせるものと、全然違う。わたしはわたしにできることをやるしかなくて、それはどんなに小さなものでもわたしにとっては特別なのだけれど、「特別」な人たちの「特別」は、きっと、わたしにとっても「特別」なんじゃないのか。わたしはわたししか知らない「特別」を心底幸福だと思って大切にしているけれど、自分だけの「特別」だったものが大衆のものになっていく感覚の、得体の知れなさ。想像すらできない、その恐ろしさ自体に惹かれているのかもしれないなあと思ったり。

 

と、意味のわからない文章を打ち込んでから、もう一度動画を再生して、ただひたすら「すごい……」と瞠目するしかない夜です。おやすみなさい。

「羊の木」試写会当たりますように。

 

 

 

 

 

*1:(と思ったら、来月の「ViVi」に関ジャニ∞が載るそうじゃないですか…!!!ああああありがとうございます!!!毎年載せていただいて、しかもわりと毎年冬服のもこもこ可愛い時期に、ありがとうございますこの世は天国かよハッピー!!!! とめちゃくちゃハッピーな気持ちになっているので、わたしは単純でとても良いですね生きやすいタイプ)

*2:(ありがとうございます本当に期待値上げてて推しのビジュアルが好みじゃなかったらどうしようってちょっと考えてから顔が好きなのでビジュアルとか正直二の次だったこと思い出しました)

*3:いやまあ、どんだけ可愛く生まれたとしてもたぶん変わらずオタクやってるとは思うんですけど。

遠征費のまとめとまとめ/関ジャニ’s エイターテインメント夏

 

「ジャム」オーラスからまだ一ヶ月も経っていないとは思えないほど、すっかり秋めいてきて、あの夏が夢のようです。あ~~~~たのしかった~~~~~~~~と惚けるついでに、現実と向き合って反省するためにも、遠征費とツアーの感想をまとめておきます。夏のドームツアーという初めての経験と、自分の初めての環境で、バタバタしていた夏。コンサートに行かないなんてなかった。

 

moyashi1984.hateblo.jp

 ↑ 前回のツアーから春を迎えて環境が変わりました

・就職しました(基本土日休み)

大阪府在住から愛知県在住になりました

 

 

◎札幌公演(7/15~7/16)

・チケット代          8100円

・中部→新千歳 飛行機代  21315円

・新千歳→中部 飛行機代  10600円

・宿泊費             7000円

・交通費          3000円

――――――――――――――――――

               50015円

 

▽雑感

今回はツアー発表からしばらく経ってから航空券を予約した、5月とかだった気がする。そもそもどの土地に配属されるのか分からない状態だったので予約なんてできるわけもなく、候補地からの航空券を検索しては、北海道の夏・三連休の高騰っぷりに相当慄いていた。飛行機が飛ばない怖さが航空券の安さに表れていたんだな、と札幌遠征をするようになって数年、初めて知る。

 

 

◎大阪公演(7/20、7/22~23)

・チケット代(3公演)      24300円

・7/20 愛知⇔大阪 交通費     10000円

・7/22.23 愛知⇔大阪 交通費   14000円

――――――――――――――――――――

               48300円    

 

▽雑感

なぜかタイミングがたまたま重なり、奇跡的に公演日にお休みがもらえたので急遽増やした平日公演。20日は往路が高速バス(2500円)で復路が新幹線(約6000円)、22日はどちらも新幹線の利用。絶妙に近くて良いですね。絶妙にしんどいが。開演ギリギリにドームに行くまでは主に実家で寝ていました。札幌公演から一週間経たない大阪公演のスケジュールに「体力勝負」という言葉が脳裏にチラつきながらも、勢いで乗り切った、金曜日は仕事で入れなかったけれど楽しかった、入ってよかった、と振り返って思えているのでよかった。

 

 

◎名古屋公演(8/5.6)

・チケット代(2公演)    16200円

・交通費           4000円

―――――――――――――――――――

                20200円

▽雑感

名古屋公演の際にかつて夜行バスを逃したことがあるのだけれど、今回は絶妙に乗り換えをするための終電を逃して、結局2駅分くらいタクシーを使うハメになった。1500円くらい損しているわけですが全く反省していないという点をどうにか反省したい。家があるのに帰れない事態に陥るところだった(でも帰れたしいいだろうという甘さ)。名古屋は大阪に比べるとドームの中は涼しかったけれど、外が暑かった。昼過ぎに家を出てコンサートを観て帰るだけの慎ましい名古屋。体力の限界っぷりがここでもわかる。平日公演の存在を忘れ去ることに成功しだした名古屋。同時に社会人のせつなさを知り始める。

 

 

◎東京公演は行きませんでした

    (実家で寝てました)

 

◎福岡公演(9/9)

・チケット代         8100円

・中部⇔福岡 飛行機代往復  21400円

・宿泊費           2000円

・交通費           3500円

―――――――――――――――――――

                35000円

▽雑感

ツアーが始まる一週間くらいまえ、不意に「えげつないが数回しか見られないのやばくないか、耐えられない」と(具体的には東京行きの新幹線の時間を検索するなどして)狼狽えていたら、友人が「福岡土曜日」と悪魔のような勧誘をしてきたのを、「いやいやいやいや」と笑って断ろうとしていたらいつの間にか航空券を購入していました。恐ろしい。オーラスは当日中に帰ってこられない(朝一なら帰れた)ので、万全を期して諦め、諦めて土曜日のためだけに福岡に飛ぶのもいかがなものかとは思うのだけれど、まあ結局、行ってよかったの一言しかない。持つべきものは友人である。

オーラス福岡の地に長居したくなさすぎて、ホテルを予約しなかったことだけは反省してほしい。

 

◎グッズ代

・うちわ  ×2

・ワッペン ×3

・パンフ

・クリアファイル

・フォトセ

・ポーチ

―――――――――――

      8100円

▽グッズ雑感

札幌のワッペンが当日会場に着くまでの間に売り切れていて買えなかった。諸事情によりイチゴモチーフがあるものは購入できなかったのが残念。その他かわいいとは思うが好みではない、でもかわいいので良い、ただ好みではない、と自分に言い聞かせ選んだ。複数会場に行くと「次買えばいいや」を繰り返して、購入する量が控えめになるのはあるあるなのかもしれないなあと思う。ポケモンセンターのご当地ピンバッジのガチャガチャは北海道愛知大阪福岡と優に10回(1回300円)以上回したので、関ジャニ∞もピンバッジを作ってほしい。

 

◎総額 公演数 7/14

・札幌   50015円

・大阪   48300円

・名古屋  20200円

・福岡   35000円

・グッズ    8100円

―――――――――――

       161615円

 

   

 ▽遠征まとめ

前回 11公演4都市 186,730円

今回   7公演4都市 161,615円

 準備不足の一言に尽きるツアーだったかな、という印象。遠征先の土地に長居しちゃいけないという気持ちのせいなのか、今回ホテルをひとつも予約しなかった。新入社員としてのバタバタと右も左もわからない土地での生活でいっぱいいっぱいで、ツアーの計画を立てる余裕がなく、それでも行けるだけ行かなければ一生後悔すると思った原因の「えげつない」。「えげつない」のせいです。

学生時代と比べて毎月の収入がざっくり10万円増えたことで成り立っていた、雑なお金の使い方だった。反省。来年からはもうちょっと倹約に努めようとおもう。無駄が多すぎる。でも、がんばった! たのしかった! 「新入社員としてのバタバタと右も左もわからない土地での生活」をなんとかがんばれたのは、夏にこうして活力を与えてくれた関ジャニ∞のおかげだった、とつくづく実感している。お金こそ使うけれどオタクでよかった。

 

▽「ジャム」雑感

 ときどき愚痴も混じるけれど読み流してください。

 錦戸亮ちゃんの顔の可愛さに慄くばかりの初日だった。ポエムスイッチが常時オンになっていて狂ったようにポエム生成マシンに成り下がっていた。「錦戸亮ちゃん激烈かわいい札幌ドームだった」とか「この可愛い32歳の錦戸亮ちゃんを札幌ドームで見るためにファンになったんだと思う」とか「かわいいが溢れかえっていてもう自分のなかから零れ落ちていくのを感じている」とか「こんなにかわいい錦戸亮ちゃんをありがとう2017年」とか血管が切れたかのように、頭の悪いツイートを繰り返していて、我ながら幸せそうでなにより。ただ、わたしだけでなく会場全体が、錦戸亮ちゃんが喋るたびに「ざわ……ざわざわ…かわいい………ざわざわ」とざわついていたのだけはきちんとお知らせしたい。錦戸亮を愛でるような時代になったのだと思うと、感慨深い。

「えげつない」のために遠征増やしたオタクですが、コンサートでさらに化けやがって頭抱えるしかなかった。振り。サイコー。岡崎体育さんにはやはり頭があがらない。福岡で、周到に用意されていた替え歌披露してきた錦戸亮ちゃんのことをわたしは一生許さない。どれだけ虜にさせる気ですか。

コンサート初日から一縷も疑うことなく「楽しい」コンサートツアーだった、と、おもう。個人的にはあの嫌悪しか抱かせないマナー喚起動画が2度も流れるのは地獄だったけれど。まあそれを差し引いても良いコンサートだった。「需要と供給の相互理解」だとこのツアーに関して印象を抱いているのだけれど「相互理解」これに尽きるんじゃないかと思う。関ジャニ∞はもちろん関ジャニ∞のことを愛しているとおもうけれど、ファンだってきちんと愛されているんだろうなと、実感した。新しいかたちをとるときに「こうしたら喜んでもらえるんじゃないだろうか」と考えてくれたのだろう、とこちらが理解してその姿勢にうれしくなる、相互理解、尊重というのかもしれない。ノスタルジアの衣装はださかった。ノスタルジアの衣装のダサさとマナー動画のダサさは、ダサさの種類が違う。前者が「あ~~~~だっせえええええええ」と笑っちゃうようなそれだとしたら、後者のダサさは「見るべきじゃないな」と身体が判断するダサさ。どうにか、あのファンの人権を侵害しかねない動画が改善されますように。ばかにすんな。

と、明確に不満も言葉にできるほど、限られていたんだろう、と思う。不満なんて数えるくらいしかない。

「良いコンサートだった」とそれしか言えないので、どう伝わるのかわからないけれど、ほんとうによかった、たのしかった。前半をまるっとバンドにするって動きがないようにも思えるけれど、名古屋で覚醒したと村上さんから言われたように、ああいうちょっとした遊びがあればバンドのほうが楽しみに感じたりして、つくづく関ジャニ∞が好きなんだなあと思い知らされた。なんでも肯定するわけじゃないけれど、それでも好きなものを肯定できるってうれしい。

 そういえば、V6のファンの方のはてなブログを拝読した。「銀テープを譲り合うV6のファンが素晴らしい」というような内容の。しょうじき、どうしてそんなに心が優しくいられるのか、と疑問でしかない。関ジャニ∞のファンには絶対に無理。少なくとも私には。自分は、数本知人におすそわけしてもらっていたうえに、何公演目かでアリーナの通路横の座席を引いたとき、有り余るほどの銀テが取れたので、銀テ難民にはならずに済んだ。さて、わたしの手元には自分の分を差し引いても余る綺麗な自担色の銀テープがありましたが、これを会場のそと(会場内近くにいた人たちはみんな充分なほど手にしていた)にいたファンにあげようと少しでも考えたでしょうか。あなただったらどうしますか。わたしはね、死んでも嫌だと思った。会場のそとに出たら待ち構えている「銀テープ譲ってください!!」と大声を張り上げて「銀テープ譲ってください。何色でも構いません」と書かれたスケッチブック(おうちから用意してきたのかな?)を持って立つ、せいぜい中高生くらいのファン。酷いと50人くらい並んでいる。係員が「立ち止まらないでください」とアナウンスしていても気にも留めずに我こそはと叫ぶ、そんなに叫びたいのならダブルアンコールで叫んでくれた方がまだ報われるんじゃないだろうかというくらい。あんな露骨に下品な集団に、運よく手にした銀テープをあげたくなるひとが果たしているんだろうか。騒がしい上に通行の妨げになるような人にあげるのなら、もうすでに持っているかもしれないツイッターでお世話になっている人たちに渡したほうがよっぽどいい。V6のファンはきっと「銀テープをあげたくなるようなファン」がたくさんいるのだろうと思うと心底羨ましかった。

オーラスしかダブルアンコールがない現状は、「慣習」と言ってしまえば聞こえはよいけれど「甘え」だよねえ、と思ったりもするけれど。でも、なんだかんだ本編で充分満足だったし、例年のアンコールでのシングルぶつ切りメドレーではなく、浴衣で披露する「純情恋花火」だったのでさらに大満足だった。「なんでこんなにたのしかったんだろう?」と首をひねらずにはいられないほど、満足度が高くて、不思議なきもちです。これで次のツアーのセトリが、どうしてこうなった?と思わずにはいられないような頓珍漢なものだったとしても愛せるかもしれない。関ジャニ∞がなりたい関ジャニ∞になるために駆け抜ける道の、先をファンはどうしたって見れないけれど、その軌跡はいつだって見せてくれるの、たのしくてたのしくて、そうして、たのしみで仕方がない。

それでも、やっぱり錦戸亮ちゃんのかおがかわいい。たのしい。これに尽きる。

 

 

 冬の予定があるのならはやめに教えてください、ませ。今度こそ貯めてから臨みたい。

 

 

 

 

 

君が教えてくれたあの星座/加藤シゲアキ著書と星

 考察だと思いました!? 残念でした、ただの引用記事です。コピペです。

 どうしてもどうしても、加藤シゲアキさんのデビュー作を含めた2作における「星」について言及したくて、けれど自分のなかで大切にしすぎるあまり、自分の考え自体が浅はかで邪悪に思えてきたのでとりあえず、このブログではまとめて「星」の描写がされている箇所を文庫版のページ数と共に抜き出しておきます。*1 わたしじゃない誰かの「星」の考察が読める世界になりますように。

 「星」とシゲアキさん、というかNEWSと「星」の数奇な関係についてはご周知のとおり、NEWSが方角をグループの名前として授かったときから始まっていたのかもしれません。シゲアキさんにおいてのみ言うのなら、「Share」の「同じ星が今見えるなら 僕らはただそれだけでいい」という歌詞を、数年後「愛言葉」の自分のパートに引用した事実があります。「同じ星」というフレーズを耳にするたび、シゲアキさんのことを思い出してください。

 

 

▽「ピンクとグレー」

 

白木蓮吾――彼について、過去彼の隣にいたというだけの僕がこれを綴るのは忍びない思いももちろんある。彼のファンには僕を批難する人もいるだろう。

それでも僕はこれを書く。永遠に外れる事のない足枷を引きずりながらも、それでも僕は生きていかなければならないのだ。(13p)

同じ星が見られずにいまいち盛り上がりに欠けていたのは十五分くらいだっただろうか。僕らがちょうど黙り始めたころ、突然それはやってきた。「ギュンギューン」とか「スウィンウィン」とか、そういった漫画のような音が実際に聞こえてきそうなほど、群れをなした流星が空を飛び交ったのだ。

「ごっち、来たよ、本当に来た」

無反応な彼を見ると、ごっちはすっかり目を閉じていた。(44p)

 ふと、父がよく聞いていた吉田拓郎の歌が頭によぎる。その<たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすき>というフレーズは、あまりにもぴたりと僕の感情と一致した。それは恋とか愛とかの類ではなくて。(44-45p)

ベッドで横たわる彼を見つめる。消えた天井の照明とその周りのざらついた天井を眺めながら、あの獅子座流星群の日を思い出す。あれから彼は、流星群に代わる輝輝とした儚い物事の数々を見てきたはずだった。

(中略)

上を向いて横たわったままの彼の隣に僕も横になる。シングルモルトウィスキーを飲みながら、彼が出かける時間を待った。(46-47p)

 両脇の電気を消すとカーテンの開いた窓から月と夜景の光が室内に差し込んだ。グラスにウィスキーを注ぎ、窓からその景色を眺めた。星は街の上にあり、そしてたくさんの星がこぼれたように夜景も輝く。

(中略)

ウィスキーを一口大きく飲み込んで、僕はベッドの脇の床に仰向けになった。口内に広がったシングルモルトは樽の香りをべっとりと舌になすりつける。

天井は真っ暗だったけれど、ざらついた質感だけは感じ取ることができた。

 

「りばちゃん、吉田拓郎の歌でさ、たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすきっていうフレーズの歌なんだっけ」

「『流星』な」

「あの歌の続き知ってる?」

「夢はまぶしく 木もれ陽透かす 少女の黒髪 もどかしく 君の欲しいものは何ですか 君の欲しいものはなんですか」

「くわしいね、りばちゃん」

「親父、好きだったからな」

 

それから彼は何も言わなくなった。ざらついた天井が滲んで滑らかになっていくのを僕はしばらく眺めていた。(209-210p) 

これから流星が飛び交う夜空の真下に、鈴木真吾の寝顔がある。子役の顔はモニター越しにあの頃のごっちの顔とぴたりと重なった。それは懐かしさや思い出のように曖昧に美化された記憶ではなく、眼球にしっかりと彫られている画面と重なった。

僕は未だにあの瞬間に引きずられている。(254p)

 (「ごっち」目線に見えるところも、りばちゃんの目線)

そのまま今までのことを振り返った。サリーとの幼い記憶。大好きだった姉ちゃん。スタンド・バイ・ミー。毛虫を握った僕を必死で心配してくれたりばちゃん。流星群。文化祭。デュボン。ビートルズ。美竹公園。サリーがくれた似顔絵。サリーとのキス。ルームシェア。りばちゃんといた日々。姉ちゃんのファレノプシス。そして僕が書いたファレノプシス――

ぼくが切り捨てたもう戻らない時間。握り潰した楽しかった記憶。(282-283p)

僕は寝返り、天井を向いた。彼女が黙って絡みつくなか、僕はまた昨日と変わりない天井を見た。

(中略)

もう死なないなんてないのだ。(287p)

リビングに入ると彼はそのままごろんとベッドに寝転んだ。彼の上にアーガイル柄のブランケットを掛け、僕もその下に敷かれたラグに寝転んだ。天井には獅子座流星群が一面に流れている。

「りばちゃん、流星群見える?」

「見えるよ」

「やっと見れた」

「うん。やっと同じ星、一緒に見れたな」

目を瞑りながら、彼はそう答えた。僕もまた目を瞑ると、星の光はまぶたの裏からも透けて見える。いびきの響く室内で、僕はひとつひとつ流れる星を数えていた。(292p) 

 

 

▽読まなくてもいいわたしの解釈

 最初に「星」にまつわる記述があるのは、第二章。

 小学生の二人がアパートの駐車場で並んで寝ころび、夜空のもと流星群を待つシーン。お姉さんがコンテンポラリーのダンスで怪我を負ってしまったのは自分のせいだと落ち込むごっちに対して、少しでも気晴らしになるんじゃないかと思ったりばちゃんの提案だった。並んで寝転び空を見上げる二人、という図。このシーンだけじゃなくてあとから何度か繰り返される、大切な構図。

  結局、最初にりばちゃんがいくつか、そしてそのあとにごっちがひとつだけ流星を見て、この二人は「同じ星」を見られないまま、ごっちは眠ってしまいます。眠っているごっちの隣でりばちゃんは、吉田拓郎の歌を思い出し、流れていく星を見続ける。「恋とか愛とかの類」でない感情を、りばちゃんはごっちに抱いている、じゃあそれはなんなんだろうか、と誰しも一度は多分考えるんじゃないかな。

 続く25歳の第三章。第二章の構図が早速このシーンでも登場します。

 そして、次に「星」に関する描写が登場するのは、209ページ。第十一章。同窓会で再会した次の夜、首を吊って息絶えていたごっちの死体を、りばちゃんが綺麗にしたあとのシーン。描かれ方は少し違うが、情景そのものは第三章と同じものだろう。

  吉田拓郎の <たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすき> というあの「獅子座流星群」の夜に思い浮かべたフレーズのタイトルこそが『流星』であると、ここで明かされる。第二章、そして第三章へと繋がった「獅子座流星群」の思い出が、150ページ以上を飛び越えて、吉田拓郎の『流星』に繋がって答えを示す第十一章。どうして天井がざらついていたか、なんとなく思い至ることができる。引用した部分の会話は、かつて本当に交わされた会話だったのか、それともりばちゃんが死んだごっちと交わした幻の会話だったのか、どちらなんだろう。わたしならこう考えるな、というのはある。わたしなら。シゲアキさんはどう考えて書いたのだろう。

 そこから物語は進んで、ごっちのことをりばちゃんが書いた本を基に映画が撮影されることが決まり、りばちゃんはごっちの見た景色を追体験していくことになる、というか、映画の撮影を通じてりばちゃん自身が追体験していくことを決める。一番最初に引用した部分はおそらく、その本に書いた内容かなと思う。ごっちにとらわれながらも生きていかなければいけない、だから、書く、と。

 ごっちとして映画のなかで生きているうちに、りばちゃんはひとつの答えにたどり着きます。「やるしかない、やらないなんてないから」。そして、「もう死なないなんてないのだ」。おそらく、ごっちも同じようにしてたどり着いたであろう答え。お姉さんの存在。生きるためにこの本を書くのだと書いたりばちゃんをも、死に至らしめるなにか。287pは、撮影中じゃないけれどごっちの目線のようになっていて、りばちゃんはごっちの感覚を通してなにか、死に至らしめるなにかにたどり着いたんだろうとわかる。

 りばちゃんの、二人の、物語がエンディングを迎えるまえに、二人は「同じ星」を見ることになります。ごっちは本当に見たのかはわからない、けれど、ごっちを追体験していくりばちゃんが見た「同じ星」。しかし、見たはずのりばちゃんは酔っぱらっていて次の日にはその天井の星のことを覚えていなかった。あのとき見られなかった「同じ星」を二人が本当に見たのか、記憶ですらたしかなものがどこにもない。けれど、ごっちを通じてりばちゃんはその星を見た。共演するためにりばちゃんに自分のバーターとして仕事を与えたがったごっちと、どうにか共演するためにごっちの力を借りずに自分の力だけでのし上がろうとしたりばちゃん。「共演」という目的が同じだったことを「同じ星」に例えたんだろうか。同じようにして寝転がって上を向かないとみられない「星」。

 吉田拓郎の歌をなぞって、二人の関係について「その<たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすき>というフレーズは、あまりにもぴたりと僕の感情と一致した。それは恋とか愛とかの類ではなくて」と描写がされていたけれど、数年後にシゲアキさんがサン=テグジュペリの「愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだ」という格言を引用したこと*2 にこじつければ、「恋とか愛とかの類」ではなかったかもしれないけれど、やっぱりそれは「愛」だったんじゃないかな、と思う。

 

 

 

▽「閃光スクランブル

空間一面に輝く無数のペンライトを見つめる。

最高だあ。これが私にとっての星空。

ステージに上がる度に亜希子はそう思う。この景色に憧れて亜希子はアイドルになった。でも……ミズミンと一緒に見ることはもう二度とない。(40p)

天井には防音のための無数の穴が並んでいて、星空のようだった。

あの穴とあの穴と……あの穴を結ぶとペガサス座だ。

まだ鳥取にいた頃、幼い亜希子の楽しみは砂丘から星を見ることだけだった。日によって姿を変える無数の星だけが、孤独な少女に優しかった。星への愛着と感謝だけは、今も変わっていない。(85-86p)

星にしか興味のなかった少女が「ステージ」に憧れたのは、そこにもう一つの星を見たからだった。(93p)

途方もない寂しさを常に抱えていた亜希子にとって、唯一の居場所は鳥取砂丘だった。そこから星を見ることだけがたった一つの救いだった。亜希子はひたすら星を見ていた。(93-94p)

 瞳に飛び込んできたのは、まるで数えきれない星が辺り一面に敷き詰められたような景色だった。観客がいっせいにペンライトを点けたのだ。カラフルで目映い光が亜希子の周囲を取り囲んでいた。(95p)

初めてのライブは圧巻だった。あのとき夢見た星が眼下にいくつも輝いていた。これがいつまでも続けばいいと思った。未来は確約されていて、それは絶対に素晴らしいものだと信じていた。

それでも、欲望はいつしか肥大する。もっとたくさんの星が見たい、自分もより輝く星になりたい。もっともっと人気者になりたい。(69-67p)

本来なら、ステージの上に立てることだけでも喜ぶべきなのかもしれない。あの景色がまだ見られるならば、たかがフォーメーションくらいどうってことないのかもしれない。(97p)

五年前に描いた未来。あまりにも多くの出来事があって記憶は微かだけど、それはもっと単純で美しい、オーロラのようなもののはずだった。(100p)

目が覚めると天井には宇宙が広がっていて、あのとき「琴座とミズミンに誓って、もう泣かない。もう後ろも振り向かない。ただ自分を信じよう」と決意した。(137p)

違う。輝けてなんかない。今の私は自分で光を放たないくせにあたかも星であるかのように地球を回る月と同じ。(149p)

車に乗るのはマネージャーによる送り迎えか、タクシーくらいだった。もう何年も後部座席にしか座ってなかったことを思い出し、どうしても助手席に座りたくなった。そこからの景色は思った以上に気持ちよくて、なんとなくフロントガラスから夜空を見あげてみた。

「星、全然見えないですね」

「東京は明るすぎるからな」

東京は明るすぎる、か。(229-230p)

「なぁ」

「はい」

「やりたいこととかないのか」

きっとこの質問をされると思っていたので答えを昨日から考えていたのだけれど、どれだけアイデアを振り絞ってもやっぱりこれしか浮かばなかった。

「星が見たいです」

「星なんかどこからでも見られるだろ」

「たくさんの星です」

巧は口を閉ざし、少し考えた様子で「この方向に寄りたいところがあるんだ」と言った。そして「きっとたくさんの星もある」と付け加えた。(234-235p)

「もうすぐ夏至だから、まだまだ夜にならないですね」

「そんなに星が見たいのか」

「東京に来てからは見ることが出来ませんでしたから」

「出身は鳥取だったっけ?」

「はい、市内です」(238p)

「やめればよかったのに」

「誰だってやめられませんよ、ステージからの景色を見たら」

自分の腕を切り裂いて、私は気を失いました。目が覚めると天井には無数の星があって、それがあまりにも美しいから、自分が病院にいると気付くまでに時間がかかったくらいでした。包帯の巻かれた左腕を庇いながら起き上がって枕元を見ると、小さな家庭用のプラネタリウムがあったんです。天井の星はその機械から投影されていて、横には「お見舞いだよ、早くよくなってね。ミズミン」と書かれたメモがありました。ミズミンは私が星好きなことを知らないはずなのに、このプレゼントは出来過ぎの偶然でした。私は目を丸くしながら、天井の星を見上げました。

「琴座の話、知ってますか?」

「いや」(243-244p)

 琴座のオルフェウスのはなし(244-247p)

俺が塀の中にいようと、誰にも迷惑はかからない。仕事もやめた。香緒里や多一郎のような人間が心配する程度で、俺自身はというと、とても楽だろう。星空を見たせいか、そんな風にも思えた。(249-250p)

蛍の大群は飛翔し、山道を流れてゆく。二人は光に包まれながら、静かにその蛍の流れについていった。やがて木々のトンネルがの先に薄明かりが見える。山道が見えると、そこには数多の星が輝く夜空があった。その下で蛍は煌々と発光していた。

空から星空が零れてきたように光は立体的で、儚く灯る蛍の光はまるで天の川のようだった。光のシュプールが二人の周りで無数に描かれる。美しすぎる世界に、巧と亜希子は思わず声を漏らした。

二人はその景色を見続けた。宇宙に吸い込まれたような気分を味わいながら。

しかしだんだんと蛍の光は散らばってしまい、残ったのは星空だけだった。(261-262p)

あの蛍と星の瞬きから一ヶ月間、 (271p)

「渋谷にプラネタリウムがあるんですって」

「知らなかった。それじゃあもう遠くまで行かなくても星が見られるんだな」

「はい。もう渋谷で十分なんです」(273p)

どうせ一度終わったような芸能人生。もしまだ自分の立てるステージが残っているのなら、今度は何も気にせず自信を持って表現したい。中学生の頃に憧れたあの星の海を、また見てみたい。(292p)

竪琴のタトゥー(294p)

まだ観客の表情は見えない。しかし亜希子は目を瞑り、この幕の向こうにいるファン、その景色を想像した。ペンライトの華美な光。心躍らせながら伊藤亜希子の登場を待ちわびる観客の表情。目映い照明。一生懸命放たれる声援。燦然と輝く絶佳がそこには待っている。それは奇跡のような蛍の光と星空にも、生命力に満ちた若々しい渋谷の街にも引けをとらない、いやそれ以上の壮観だった。(296-297p)

「さよならオルフェウス

亜希子は優しく歌い始めた。ステージの演出も蛍と星空をイメージした構成で目映い光に全員が包み込まれた。(300p)

 

 

 

 ▽読まないでほしいわたしの解釈

 別に亜希子がシゲアキさんだって言いたいわけじゃないけれど、アイドルとしてステージからの景色を見た人が書く、ステージの描写にきっと嘘はないでしょう。全部が自分のことじゃないけれど自分に言い聞かせるように書いた亜希子のセリフもある、とシゲアキさんは話していた。客席の光のことを「サイリウム」ではなく「ペンライト」と表現するあたりとってもジャニーズ。正直「閃光スクランブル」に関して、別にこういう解釈が、と言いたいことも実はない。読んで抱いた感情がすべて、なんじゃないかと思う。ただ、文庫のあとがきだけは絶対に読んでください。

 たしかに亜希子がシゲアキさんだって思うわけじゃないけれど、この作品に秘められた「生」の思いはあのころのシゲアキさんが叶えたかった思いなんじゃないだろうか、と考えたりはする。死んだように生きている場合じゃない。「ピンクとグレー」では、生きようとして生きようとしすぎた余りに死ぬしかなくなった二人がいたけれど、「閃光スクランブル」では、気力を失いかけていた二人が出会い、二人は逃避行をするなかで生きる覚悟を持ち直す。亜希子にとって生きる糧になったものがステージから見える「星」なのだけれど、シゲアキさんにとってもそうなのだろうか。自身が身を置く芸能界という世界で「生」について向き合う小説を書いた加藤シゲアキは熱い男なんだよな、と思う、勝手に。

 「星」が加藤シゲアキに見せているものはなんなんだろうか。

 

 

おまけ

加藤シゲアキ(30)

 わたしがシゲアキさんを卒業するときは「加藤シゲアキと星」って卒論書きたいけれど、シゲアキさんは自分を応援してくれる人が一人でもいる限りアイドルを続けるらしいので、しばらくは卒論を書く予定がありません。残念です。

 ほんとうはシゲアキさんの30歳のお誕生日に合わせてこのブログを公開する予定で「ピンクとグレー」「閃光スクランブル」の引用を打ち出していたのだけれど、どんな文章を打ってもしっくりこなくて随分遅くなった。30歳。25歳で代表作がほしいと話していたシゲアキさんの想像していた30歳なのだろうか。片手間というと聞こえが悪いけれど所詮は掛け持ちでファンをしているわたしですら感慨深くなる瞬間がたくさんあるのだから、担当の人はなおさらだろうと思う。長いようで短い5年。たった5年でここまで来たのだから、これからの5年だって、思いがけないところにまで行けるのかもしれない、と時折想像しては勝手に楽しくなっている。

 私が加藤さんのことを特別好きだと自覚したのが、加藤さんの改名発表のときだった、もしかしたら4人になったときかもしれない、けれど、作家デビューの知らせを受けてわたしはたしかにこの人を好きでいたら間違いないだろうと確信したんだった。ずうっと「加藤さん」と呼んでいた。いつから「シゲアキさん」と呼ぶようになったんだろう。書くことによって救われた、と「閃光スクランブル」のあとがきでシゲアキさんが書いたことばに、わたしは随分救われてきた。わたしがどんなオタクであれ、それだけは事実だし、どんなオタクになろうともきっと一生忘れないんだろうと確信している。そういう小説、あとがきに出会えたことがほんとうにうれしい。シゲアキさん30歳おめでとうございました。君の未来に幸あれ。

 

 

 

 

 

閃光スクランブル (角川文庫)
 
ピンクとグレー (角川文庫)

ピンクとグレー (角川文庫)

 

 

 

 

*1:権利的なところでなにかあればお知らせください

*2:2016年QUARTETTOツアー