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2015年冬、錦戸亮のために生きたい

 こんばんは。

 関ジャニ∞初バンド形式シングルの「LIFE~目の前の向こうへ~」の歌詞で「誰かの為じゃなくていい 自分の為に生きても」という部分があるのですが、ずっと、自分の為に生きるほうがよっぽどしんどいのでは? と思って暮らしています。誰かの為に生きるということは、まあ適当に言うと花の蕾に水を遣るようなもので、綺麗に咲けば嬉しいし、ああ水を遣ってよかったと思う。自分は水を遣っているだけなのに「咲いた」という達成感さえ生まれる。一方、枯れてしまったら、まあ、そんなこともあるよな、と落ち込みはするかもしれないけれど、だからといって水を遣る以上のことは自分にはしてやれないので、仕方のないことだった、と諦めることだってできるしょう。所詮は花なんだし。もちろん花にめちゃくちゃ固執する人だっているでしょうが。

 でも、自分の為に生きるということは、自分で自分に水を遣りつつ、しかも自力で綺麗に咲かないといけない。将来的に綺麗に咲くことを自分に期待して、せっせと水を遣らなくちゃいけない。自分が綺麗に咲くとも分からないのに。わたしだったら、葉っぱが付いてきたくらいの段階で「果たして自分はこうして水を遣るだけの価値のある花になれるのか」と自問して、自分へ遣った水の分だけ悩んでいそうです。

 何の話かというと、アイドルへの投資って最終的には自分への快楽になるけれど、結果を出すのはアイドルなので気楽でいいですよねっていう話です。

 

 さらに何の話かっていうと、FNS歌謡祭を見ました。JUJUさんゲストの関ジャムを見ました。錦戸亮の歌う「粉雪」を聴きました。錦戸亮の歌う「この夜を止めてよ」を聴きました。

 錦戸亮のファンでいるだけで、これらを甘受できるなんて最高じゃないですか!?

 わたしなんにもしてない。テレビ見てただけ。「錦戸亮ちゃんがソロで歌うの? やばくない? なにそれ? っていうかデマじゃないですよね……? まあ前髪がないことだけは放送前のわたしでも分かる」という具合に惚けていただけです。リアルタイムで見てすらない。録画していたのを再生しただけです。正座して。

 このブログを持ってから数か月、とりあえずこの馬鹿みたいに持て余している自担への愛情(?)を吐き出させてください、とばかりに書きなぐってきたけれど、わたしはなんかもう、うぬぼれていたのかもしれない、と思いました。反省しました。おこがましいことをたくさんしてしまった。錦戸亮がどうこう、わたしに語れるわけがない、けれど、錦戸担として自分のことについてなら話せるだろう、と思っていました。思っていたんですよ。でも、感想すら持てないありさまです。

 だって、「粉雪」をFNS歌謡祭で、藤巻亮太さんと、並んで歌ったんですよ。しかもテロップに『錦戸亮出演ドラマ「1リットルの涙」挿入歌』って書いてあるんです。10年前のドラマです。

 

 

 

 言葉を失いますよね? 

 私の知り得る範疇を超えている。キャパオーバー。どれだけのスペースがあれば全部とっておけるんでしょう。この圧倒された感情を。

 

 花には水を遣らなきゃ咲かない、という方程式が、錦戸亮には通用しないのではないか。水なんてなくても、綺麗に綺麗に咲くものだから、あんまり綺麗に咲くことができてしまうから、水なんて遣らなくても、と思わせられるような。

 きっとわたしのこの熱情の、少しも、ひとかけらも、錦戸亮は必要としていないのだろう、と改めて考えさせられました。*1こんな毒にも薬にもならないブログなんて陳腐なことをしている場合じゃない、けれどブログくらいしかすることもない、しょーーーもない人間さえ、生きててよかったと思わせる「錦戸亮」のすごさですよ。わたしがどんなに自分に水を遣る手間を惜しんで咲いてるんだか枯れているんだか分からないような人間でも、そんなの自担にはなんの影響もなくて、今日も自担は綺麗に咲いている。自担という花が勝手に綺麗に咲いているがために、今日もわたしはせっせと生きているんだと、そういうことを考えました。惚れてしまったので仕方ない自担のために生きさせてくださいとお願いしたいほどです。番手を頂きたいだなんてそんなおこがましいこと、思ったりしないので、自担のために生きさせてください。自担のことを思い出さない夜もいらないので。終日錦戸亮です、と何十万のファンが思ったであろうことを、思います。

 そういった具合に、錦戸亮ちゃんが可愛いのでせっせと今日も生きています。好きでいるだけで、こんなに楽しい毎日が過ごせるなんて、とんでもないことですよね。誰が錦戸亮に水を遣っているのだろう。誰が水を遣ってあんなに綺麗に咲いているんだろう。ありがとうございます、としか言いようのないことですが、きっとお礼も言えずに死んでいくんでしょう。

 もう根本的に違っていて。わたしは錦戸亮という現象をただ見せられているだけの傍観者で、実際彼のことを自担だとかなんとか言っているけれどそんなのおこがましいことなのでは、とふと悟った次第です。わたしの尺度で彼を測ってはいけない。ツアー前にひとつ気が付けてよかったです。関ジャニ∞にいるとそういうことを忘れちゃうのは、グループの色に染まっている錦戸亮が、関ジャニ∞の親しみやすさに染まりきっているからなんですかね。*2

 

 ところで、サムライせんせい、クランクアップお疲れさまでした。ペータ先輩とお別れしたくなくて、もうちょんまげでコンサートしよう、前髪なんてなくてもいい、とそんなことを思う元気が出るLIVE‼ 初日1週間前です。ドラマとコンサートリハと年末の歌番組とその他もろもろをこなす凄さが、冬の寒さに怯えるだけの一般人には到底分からないのですが、分からせないところも最高に好きです。*3

 

 はてなブログでこんなに馬鹿なブログを書いてていいのか、さっぱり分かりませんが、まあ、恋は盲目と言いますし、馬鹿なジャニオタもいるんだなと戒めにしてください。失礼します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:そういうところが最高に好きです。

*2:そういうところも最高に好きです。

*3:最高に好きです。