『玉城ティナは夢想する』/「かわいい」を集めて生きる

 

 

しばらく調子の悪かったWi-Fiがようやく繋がって、そういえばブログでも書いてみようかと思って書きます。地獄のような夏もおわったかとおもえば地獄のような寒さに震えるようになって、会社にもなんとか慣れてきてでも別に仕事ができるわけでもないからよくわからないままひたすら働いて、でもやっぱりあるとき目が覚めて「あっ今日は休みにする日だな」ともう一度目を閉じるような平日が迎えられないストレスにじわじわと心を殺されていくような心地がしている、このごろ。

 

大学生のころは全然そんなことなかったのに、会社で過ごす時間の長さのなかで自分のためにモチベーションを上げていく方法が、毎日同じクオリティで化粧をすることくらいしか見つけられていない。化粧したまま寝落ちることだって学生時代なら何度もしたのに、社会人になってから一度もしていない、次の日がこわい、『明日の朝が怖い』ってこれか、と思い知ったりしている。とはいえ、学生時代から顔が変わるわけでもない。規則正しい生活になって(ならざるをえなかったのはストレスの原因なのだけれど)、心なしか肌の調子がよい。睡眠の時間帯がどれほど大切だったのか今更ながらに知る。規則正しい生活をしようね。

 

ところで、ちゃんと化粧をするようになってから、可愛い女の子の写真を見るのが好きになりました。わたし自身は思春期に「かわいい」から遠ざかりたいと必死になっていたタイプだったので、いまこんなに素直に「可愛い」を受信できるようになっていて驚いたりする、かつてのわたしはもったいないことをしたのかもしれない。モデルなら玉城ティナが格別好きです。玉城ティナ。雑誌なら「ViVi」が好き。この年になってようやく素直に「可愛い」と思えるものがあるのかもしれない。結局、自分のおもう「かわいい」を体現したり集めて観賞用にしたりしてくれる人が自分以外にいないんだって、気が付くのかもしれない。わたしのおもう「可愛い」ナンバーワンは錦戸亮です。

思春期に拗らせていたのとは別の理由でファッション誌は買いづらい。なんでかっていうと週刊のテレビ雑誌を実質タダみたいな、水を買うような気持ちで買いすぎているから。そんな人間にとってファッション誌は重みが違う、一ヶ月の「ファッション」を担う雑誌の重みはすごい。ドル誌は顔の種類がたくさんあるので実質タダ。服は高い。

ファッション誌を読むといつもなんだかちょっとだけ気後れする。わたしはどうあがいても、ああはなれない、ああはなれないんだって思い知る。だって、無理じゃん。思春期拗らせる理由はだいたい容姿に原因があるし、そのうえオタクだし、高い服みたらすぐチケット代に換算するし、チケット代に換算するくせにチケット代が入用なときほど服が欲しくなるし逆に言えばどんな服を買っても着ていく現場がなけりゃ意味ないし。結局現場行ったら自分の身なりなんてどうでもよくなるし。服と現場、どっちが先かって、現場なんですよ。服を着るために生きていますよみたいな顔して笑えねえ、自分のモチベーションあげるために服を着るのはオタクもそうなのだけれど、トレンドカラーなんて結局メンカラには勝てない。勝てないんだよ。

そんなこんなで、なにより、ときめきを糧に生きているわけなので、気後れするけれど自分とは関係ない世界だと割り切って見る可愛い女の子だってダイスキです。服は高いけれど、雑誌は1000円札1枚出せばおつりが返ってくるんだもんな良心的な価格設定とおもえばめちゃくちゃ安い! あ~~関ジャニ∞が載ってくれたら「ViVi」毎月買えるのに、山下のファンはこれを毎月買えるんだもんな~~、と、思ってはギリギリしています。*1

というか、ファッション誌に推し(便宜上ここでは「推し」と使いますが厳密には推しではない)を撮ってもらうのが嫌いな人間がいるのか。死ぬほど眺めて崇めてる。普段レギュラー番組の衣装じゃ到底着てくれないようなシュッとした服! 女子の好み詰め込みまくり!  彼氏み溢れる姿にほれぼれしますね。*2

 

改めて言うけれど、玉城ティナちゃんの顔が好きです、最高にかわいい、「憧れる」、でもそれって、アイドルのそれとは違うんじゃないかなって思う。わたしはたとえ男に生まれ変わったとしても推しにはなりたくないけれど、生まれ変わらずとも玉城ティナにはなりたい。あの顔、あの可憐さ、あんだけ可愛かったら、と思わずにはいられないじゃないですか。*3

 

そんな玉城ティナちゃんが20歳になったそうで。若さに慄きつつも、まあ、わたしにだって20歳の時代があったのだし、まあそうかしょうがないよなと自分を納得させています。 20歳のときこんなに可愛くいられたら、どんなにか、と思わずにはいられない。のだけれど、このショートムービーがすごすぎて、夜な夜な再生しては祈るような気持になる。

 


玉城ティナ主演・山戸結希監督作品『玉城ティナは夢想する』

 

アイドルとして生きる人間のことはたくさん考えてきたけれど、ああ、そうか、モデルとはこういう職業なのか、と初めて考えたような気がする。たまらなくなった。すごすぎて笑えてくる。玉城ティナちゃんがモデルという職業なのかは知らないけれど。

アイドルが背負う希望や夢は「こうなってほしい」、モデルが背負う希望や夢は「こうなりたい」なのかもしれないね。わたしたちの「憧れ」の行きつく先に違いがあったんだろうか。でも、わたしだって本当に一度でも「推し」になりたいと思ったことがない、とは断言できない。

 

さいきん、「自担」の錦戸亮さんが、主演する映画「羊の木」の監督に「天才的な普通の人」だと称されたりすることもあって、「普通」とはなんだろうかとずっと考えていた。B'zの曲のなかに「人間なんて誰だって とてもふつうで 出会いはどれだって 特別だろう」という歌詞があるのだけれど、わたしはこの詞がとても好きで、いつだって泣き出したくなるくらいの勇気をもらっている。わたしはわたしにできることをするだけだ、どんなに面白くなくてもそれしか「特別」を持ちえないだと目を逸らさない勇気。でも、そんなわたしの「特別」と、キラキラした世界に住まう人たちの「特別」とは、もしかしたら本質は一緒なのかもしれない。そう考えると、安堵する、わけじゃなくてむしろ、なんでか怖くなる。たしかに「人間なんて誰だって とてもふつう」なのかもしれないけれど、そうはいっても、「特別」がいざなう世界はそれぞれ違う、わたしが「特別」と思って胸を熱くさせるものと、全然違う。わたしはわたしにできることをやるしかなくて、それはどんなに小さなものでもわたしにとっては特別なのだけれど、「特別」な人たちの「特別」は、きっと、わたしにとっても「特別」なんじゃないのか。わたしはわたししか知らない「特別」を心底幸福だと思って大切にしているけれど、自分だけの「特別」だったものが大衆のものになっていく感覚の、得体の知れなさ。想像すらできない、その恐ろしさ自体に惹かれているのかもしれないなあと思ったり。

 

と、意味のわからない文章を打ち込んでから、もう一度動画を再生して、ただひたすら「すごい……」と瞠目するしかない夜です。おやすみなさい。

「羊の木」試写会当たりますように。

 

 

 

 

 

*1:(と思ったら、来月の「ViVi」に関ジャニ∞が載るそうじゃないですか…!!!ああああありがとうございます!!!毎年載せていただいて、しかもわりと毎年冬服のもこもこ可愛い時期に、ありがとうございますこの世は天国かよハッピー!!!! とめちゃくちゃハッピーな気持ちになっているので、わたしは単純でとても良いですね生きやすいタイプ)

*2:(ありがとうございます本当に期待値上げてて推しのビジュアルが好みじゃなかったらどうしようってちょっと考えてから顔が好きなのでビジュアルとか正直二の次だったこと思い出しました)

*3:いやまあ、どんだけ可愛く生まれたとしてもたぶん変わらずオタクやってるとは思うんですけど。